豊かにするにはソフトが要る
吾妻川両岸を走る国道と県道を連絡する橋やトンネル、人工湖畔に休憩所を兼ねた2つの道の駅、JR吾妻線の橋梁やトンネル、駅舎、集落の転居に伴う小・中学校の新校舎などを拾っていくと、個々の建造物は計約40か所に及ぶ。まさにクレーンとブルドーザーで鉄とコンクリートをガンガン打ち込んだ、というイメージだ。
▲八ッ場ダム左岸の工事現場 ▼左岸の工事現場からロープを渡して、右岸に工事資材を送る
GPS利用のフェーズは終った
これまでに完了した八ッ場ダム関連工事をまとめると、次のような4つのかたまりになる。
(1)吾妻川北岸の国道145号線の高台付替(八ッ場バイパス)
(2)同南岸の県道岩下線の付替・拡幅
(3)JR吾妻線の高台付替(鉄道、駅および附帯施設)
(4)水没5集落340戸、道路付替に伴う転居90戸の代替地造成
工事事務所で土木工事や建設作業におけるIT利活用を尋ねたのは、もちろん筆者がITに軸足を置いている体が、もう一つ、東日本大震災被災地の嵩上げ工事を思い出したからだった。陸前高田や女川では、一般的な業務連絡や資材・機器の配備業務は当然として、造成地の高さを均一にし、かつ水平を確保するためにGPSを、現場で動く重機やトラックの稼働状況をデータで管理しているという。
――八ッ場ではそのフェーズは終りました。
が担当官の返事だった。鉄道や道路、代替地の造成は終わり、残るのはダム本体の工事ということだ。
また「前方後円墳や大きなお寺のように、投入した労働力を人数で示すとどうなるか」という筆者の質問への回答は、
――土木・建設機材のロボット化が進んでいるので、マンパワーに置き換えるのは難しい。
とのことだった。
たしかにスケールは大きい
工事事務所の車でいよいよ現場に行く。
草津方向に向かって車を進めると、最初に度肝を抜かれるのは、JR吾妻線の第2吾妻川橋梁だ。鉄道は単線なのだが、にもかかわらず、「まるでリニアモーターカーが走るような」(地元の関係者)頑強、というかコンクリートで分厚く固められた造り。緩やかなカーブを描く橋梁と列車の共振を抑制する構造なのだという。また約10kmの付替路線は、八ッ場トンネル(4489m)をはじめトンネルが8割を占めている。
ダム本体にいちばん近い「八ッ場大橋」は全長494m、全幅13.5m、橋脚高73.5m、「工事中止」の報道の度に、「無駄な公共事業」のシンボルとして映し出された不動大橋――橋脚から左右に橋を伸ばしていく工事をストップできないとして継続され、2011年4月に開通した――は、全長560m、橋脚高86m、最大幅18.5mを測る。
今年2月に着工したダム本体は基底部が全長200m、堤高116m、全堤長291m、堤体積は91万1千立方m。標高583mから一気に100m以上落下する水による発電量は1万1700kw/時、水利が波及するのは群馬、埼玉、東京、千葉、茨城の1都4県、流域人口は1279万人という。
東日本大震災被災地の嵩上げと並行して、八ッ場ダムと入れ違いに東京オリンピックの工事がスタートする。土木・建設業の雇用吸収力は2020年まで、衰えることがなさそうだ。
まるで建築技術のサンプル集
もう一つ興味を引いたのは、地元関係者が「入れ替わり立ち替わりで外国から視察団が来ていた」と話していたこと。総工費が数千億円の大規模工事は、土木・建設技術を実証する場にもなっているのだ。外国から視察がやってくるのは、裏を返せば政府と産業界が一緒になって、日本の土木・建設技術の輸出(海外土木・建設案件の受注)に向けて注力しているということだ。
調べると、JR吾妻線の第2吾妻川橋梁=上写真=は吊橋のワイヤーをコンクリートで固めて振動を抑制する「PRC斜版橋」という工法を採用、八ッ場トンネルはTBM(トンネルボーリングマシン)による全断面掘削工法を鉄道トンネルで初めて採用したという。
不動大橋については、
――「PC複合トラス」と「エクストラドーズド橋」の技術を融合した世界初の「鋼・コンクリート複合トラス・エクストラドーズド橋 。これにより 国内最小の桁高 6.mで最長のスパン(155.0m )を実現した。
とある。
建造物ばかりではない。ダム底に沈む集落居住者の移転は、同じ場所の高台に集落単位で移動する「ずり上がり」方式が採用されている。「生活基盤を破壊せぬよう、既存の地
域コミュニティを保持したまま移転」するため、その中心となる寺社や墓地も「ずり上がり」で移転した。建設着工に係る基本協定の締結から23年、造ってきたのは新しい入れ物(町)だったことになるのだが、それが地域を豊かにするかどうか。もう一つも二つも知恵(ソフトウェア)が要る。