IT記者会Report

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ソフトウェアとコトバ(8)

 月曜日(9/29)から始まる展覧会の作品飾付が無事に終わったので,しばらく中断していたこのエッセイの執筆を再開する時間がとれるようになった.
http://www2.ocn.ne.jp/~g-hinoki/
これから1週間はギャラリーで暇をもてあますだろうから,お見えになったゲストの方がたと昼間からお酒を飲んだりしないかぎり,2〜3回分は書くことができるだろう.

「人間という生物は,コトバそのほかの記号を用いて,いくつもの世界を何もないところから創り出す」というのが,エルンスト・カッシーラーの主張であった.没後出版された『国歌の神話』(創文社)では,ナチスをはじめとする20世紀の全体主義体制を,運命の神話と非合理主義によって色づけられたものとして,批判的に論じている.ネルソン・グッドマンは,アメリカ哲学界にさまざまな論議を呼んだその主著『世界制作の方法』(筑摩学芸文庫)の冒頭でカッシーラーの主張を紹介しつつ,「しかし、無からの創造ではない.われわれが世界を作る行為は,すでにだれかの手で作られた世界をベースにして,その構成要素をいくつか取り除いたり,新しい要素を付け加えたりして,諸要素の重み付けや配列の順序を考え直し,新しい世界のバージョンを作りだすという「再設計」の作業にほかならない」と述べている.
 「ソフトウェアとは,それが対象とする世界(の一部分)をモデル化した機械なのだ」というマイケル・ジャクソンの指摘に従えば,世界制作の方法に関するグッドマンのアドバイスは,われわれソフトウェア・エンジニアにとってもきわめて重要な示唆を含んでいると考えられる.

 2011年の秋に大阪の国立国際美術館で開かれた企画展は,『世界制作の方法』というタイトルのもとに,何人かの若手アーティストたちのインスタレーション作品を展示するものであった.そのパンフレットの中で,展覧会の趣旨はおよそ次のように述べられている:
 この展覧会のタイトルは,アメリカの哲学者ネルソン・グッドマンの著書に由来している.グッドマンは,記号論的方法にもとづいて世界の多様性を論じており,世界そのものは(それを記述した)いかなるバージョンにも所属せず,その実体は存在しないのだと述べ,「世界」はあくまで人間の手で制作されるものであり,それはすなわち,各人がいくつものバージョンを同時並行的に作ることなのだという論旨を展開している.世界の複数性を主張するこの視点は,今回の展覧会を構成する作家たちの作品を読み解くための示唆を与えるところが大きい.複数のアーティストたちがさまざまな手法でつくり出す先鋭的な作品群を通して,「世界制作の方法」が観るものの前に立ち現れるであろう. 
 このマニフェストは,そのまま,われわれがさまざまなソフトウェア・システムについて考えるさいに適用できるだろう.すべてのソフトウェアは,その開発者が対象アプリケーションの世界を独自の視点で眺めたバージョンをあらわしている.われわれが何か新しいソフトウェアを開発しようとしたとき,世の中にはすでに似たような要求仕様にもとづいて作られた既製のバージョンが数多く存在している.グッドマンが世界制作について述べたように,ソフトウェアの新規開発とは,既製の類似ソフトウェアを下敷きとして新しいバージョンを作り出す再設計にほかならない.

 ときには,旧バージョンが,そのまま再利用できるプログラム・コードのかたちで与えられることもある,そうしたケースは,通常,保守開発とか派生開発という名前で呼ばれている.新規開発の場合は,参考にすべき旧バージョンのかたちが,不完全あるいは曖昧な仕様書やユーザ・マニュアルでしかないというだけのことであって,「新規」とは名ばかり,何らかの旧バージョンを利用するという点は,保守や派生開発と本質的な変わりはない.
 グッドマンが『世界制作の方法』で指摘した重要なことがらは,上のマニフェストに要約されているように,「世界そのものは(それを記述した)いかなるバージョンにも所属せず,その実体は存在しない.「世界」はあくまで人間の手で制作されるものであり,それはすなわち,各人がいくつものバージョンを同時並行的に作ることなのだ」という世界の複数性を主張した記号論的な視点であろう.いわゆるソフトウェア要求工学の分野でこれまで展開されてきた論議が,ともすればこの「世界の複数性」についての視点を欠いていたように感じられる.
 グッドマンは,世界制作の論理的ステップとして,「合成と分解」,「重みづけ」,「順序づけ」,「削除と補充」,「変形」の5つを上げ,それぞれについて詳述しているが,その前段階として,利用すべき旧バージョンをどのように選択したらよいかについては,あまり深く論じていない.ソフトウェア・システムという世界を制作するさい最初に心がけるべきこのバージョン選択の問題については,200年前に富永仲基が提示した「加上」および「三物五類」のテーゼを参考にするしかあるまい.次回,そのあたりを考えてみることにしよう.