あれこれ書いてきましたが、筆者はどとらかというと、トップダウン型の人材育成は上手く行かないと考えています。少なくとも成功はしない。
——理屈で言えばそうだけど……。
机上の空論が先行し、就学者・就労者・採用担当者・雇用者のモチベーションが動かない可能性があるからです。本来は自主的・自律的に積み重ねて行くべきスキルアップが他力本願になってしまったら、超高齢・超少子/低生産性の悪循環に突破口を開けることはできないでしょう。
資格試験は知識と技術のレベルを”見える化”するうえで有効ですが、資格にこだわったり、資格に目を奪われてしまうことが懸念されます。採用担当者やプロジェクトリーダーがスキルを見抜く眼力の備えることが欠かせません。
最後にスキルベースのデジタル人材育成策はどこから実装されるのかを想像してみます。
まずは「アイパス」の見直しから
第1弾はITパスポート(アイパス)試験の見直しでしょう。
アイパス試験は2009年、「職業人が共通に備えておくべき情報技術に関する基礎的な知識」(いわゆるITリテラシー)を高めることを目的にスタートしました。近年は全社員に資格保有を薦める企業も登場、2024年度は74万人超が受験し25万人超が合格しています。ただし試験内容の難度が「一般ビジネスマンの常識」と乖離していることが指摘されています。
難度を下げて間口を広げるだけでなく、ITリテラシーとは別に、デジタルリテラシーに特化した「デジタルパスポート」(仮称)というような検定試験が追加されるかもしれません。内閣官房「デジタル田園都市国家構想」(DEGIDEN)がいう「デジタル推進人材」の中核となる資格試験に、ということでしょうか。
一方、デジタル人材にかかる資格試験(知識試験)はデータマネジメントの領域が優先されると思います。各論の筆頭に記載されていますし、職能について「データの品質を監視・評価・監督」(データマネージャー)、「データの検索・収集・抽出・加工・整備」(データエンジニア」といった具体的な記述が付されています。
これは報告書の検討会で、試験についてもかなり踏み込んだ意見交換が行われたことを示しています。ただし「データサイエンティスト」試験についての記述はありませんので、先送りになるかもしれないな、と思ったりします。
スキルを評価するAIの仕掛けはないか
大学でデータサイエンスを学んだのに、社会に出たら知識を活かす場所がない。やっているのは既存データのクレンジングやモデリングばかりという泣き言が漏れ聞こえます。救済・支援の意味で国家資格を、という意見もありそうですが、大学の学士号を否定することになりかねないからか? と筆者は疑っています。
別の見方をすると、本連載の7回目で触れた「5年後にデータサイエンティストのスキルの97%がAIに代替される」という予想(図11 :生成AIによって影響を受ける職業とスキル)との関係です。2025年7月現在のデータサイエンティストのスキルは、あと5年内に儚いものになってしまう。
——それならヒトの判断が比較的大きな役割を占めるデータマネジャーとデータエンジニアにシフトしてもらった方がよくない?
という考え方です。
もう一つ、AIが多くのスキルを代替するようになる2030年(第1次シンギュラリティ)まであと5年とすれば、その間に現役のデータアナリスト、データスチュワード、データエンジニアはもう一段、ステップアップしなければなりません。AIを使ってスキルを評価する仕掛け(スキルベース評価エージェント)はないものでしょうか。
スキル評価エージェントがいつでも・どこでも利用できれば、経産省/IPAの試験を受けるまでもありません。ネットで自己評価できるじゃないか、と思ったりします。スキル情報基盤と組み合わせれば、自律的なスキル研修・研鑽が可能になると妄想するわけです。
そのためには、データハンドリングの現場に立った実践的マネジメント指向を強めていかなければなりません。また、事業者(経営者)がデータ・セントリック型ビジネス変革への投資を拡大すること、スキルタクソノミー志向を強める必要があるようです。
山積する課題・宿題。でもやるっきゃない
もう一つ、スキルベースのデジタル人材育成策を進めるとき、浮き上がった「解決すべき課題」「20世紀から引き継いだ宿題」は次のようなことでした。
【卒業なき学習】
○学ばない個人(学生、社会人)にどう学ばせるか
○学ばせない社会・産業界にどう予算と時間を作らせるか
○「卒業なき学習」を実現する働き方(働かせ方)はどうあればいい?
○他力本願から自律型へのマインドシフトはいつ起きる?
○スキルを養成し評価するリーダーの不在をどうする?
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【業界構造】
○ITエンジニアの偏在(7:3問題)は解消するか
○AI時代のシステム開発はどう変わるか 以下、関連して
○受託系ITサービス業における多重下請け構造はどう変わるか
○スキルベースの評価・報酬・積算手法はどうか
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【社会構造】
○プロフェッショナル型チーム編成の姿は?
○メンバーシップ型/ジョブ型からスキルベースへの転換は進むだろうか
○アナログ/ネット/デジタル・ネイティブの世代間ギャップをどう埋める?
○労働市場の国際化 デジタル人材でも日本は負け組?
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【真贋問題】
○霞ヶ関 乱立する「デジタル人材育成」施策 どこが取りまとめるの?
○真贋入り乱れる「デジタル人材育成」講座 人材派遣業や就職斡旋業も参入
「やらない」「できない」の理由、言い訳はいくらでもあります。どれもこれも1980年代(場合によってはそれ以前)から持ち越している課題、宿題です。なぜ持ち越しているかと言えば、「できない」「やらない」理由を盾に解決を先送りしてきたからです。その間に課題、宿題の構造は複雑化して、行き詰まります。
いつか「エイヤッ」御破算に願いましては……にできればまだしも、「やらない」「できない」は所詮、敗者の言い訳に過ぎません。敗者にそんな豪胆な腹の括り方ができるわけもありません。わ〜、ではありますが、人材の育成とビジネス環境の改革は「やるっきゃない」のです。「やらない理由」を探してはいけません。
(IT記者会 佃均)