TOPに掲載した写真は、キャプションにある通り、今年の5月29日(木)午後6時半から、東京・渋谷で行われた「合同入社式」のオープニング風景です。主催したのは東急不動産で、渋谷に本拠を置いているIT/デジタル系サービス企業の4月新卒社員が対象です。
呼びかけに応じた企業はサイバーエージェント、DeNA、グーグル、ワンキャリア、デジタルガレージ、MIXI、Sansan、ビズリーチ、スクウェア・エニックスといった上場組のほか、非上場ながら急成長中のベンチャー企業がずらり。といって会社が新入社員に「行ってこい」と指示したわけではなく、自分の意思でざっと200人が参集しました。
用意された20近い立ち席テーブルごとに名刺を交換し、東急不動産が提供している地域コミュニティアプリ「MABLs」(マブルス:マーブル模様+まぶす(混ぜる)に由来する造語)をダウンロードして”ともだち”になる仕掛けです。自己紹介、趣味の話、仕事の話、ゲームで盛り上がって2時間で終了。
渋谷はいま、「100年に一度」の大変革を遂げつつあります。そこを舞台に、東急不動産が仕掛けている地域コミュニティづくり(「デジタルコミュニティ都市」構想というようなもの)の一環です。まずは渋谷に本拠を置いているIT/デジタル系企業の社員がお互いを知り合って交流し、地域の飲食店や商店を「クラブ活動」や「サロン」の足場にしてください、という企画です。
コミュニティこそスキル涵養の基盤
1990年代の後半から2000年代の前半にかけて、渋谷は「ビットバレー」(bit valley)と呼ばれました。インターネットを使った新しいサービス会社が雨後の筍のように誕生した時期です。
いわゆる「インターネットバブル」がひと段落した2018年、前述の企業群が東急不動産、渋谷区と組んで「ビットバレー第2章」(bit valley2.0)をスタートさせました。これまでに小学生を対象にしたプログラミングイベント「Kids VALLEY」、大学生向け企業説明会などを実施しています。
今回の「渋谷合同入社式」はその延長線上にある、と理解しています。IT/デジタル系企業同士だと利害得失があるところですが、不動産業が仲を取り持っていること、目先の成果を急がないこと、「渋谷」を共通言語にして「ご近所付き合い」を進めていることが成功の要因でしょう。
デジタル人材のスキルは、実は国が関与するものでなく、またトップダウン型の試験や資格で形成されるものではありません。価値観を共有する多種多様な自立した個人が自主的・自律的に参集して情報を交換し、意見を交わしつつ発想のヒントを共有してゆくなかでこそ、スキルは涵養されます。
かつての一子相伝はスキル断絶のリスクが伴います。徒弟制度はパワハラに結び付きます。年功序列のメンバーシップ型、キャリア重視のジョブ型は徒弟制度の範囲を脱することがありません。民主的SDGsの現代のスキル養成は、まさにコミュニティです。
そのように考えると、渋谷合同入社式は重要なヒントを与えてくれます。コミュニティの最も分かりやすい要件は「ご近所付き合い」だ、ということです。ご近所付き合いの中からプロジェクトが生まれ、その中からハイスペックな職能者(本稿でいえばデジタルエンジニア)が輩出されます。
そのようなコミュニティはすでに数多く存在しています。オープンソース・ソフトウェア(OSS)、ソフトウェア・エンジニアリングにかかる団体や研究会ばかりではありません。ビットバレー2.0のような動きが各地に散見されますし、チェレンジ! オープン・ガバナンス(COG)のような市民参加型プロジェクトもその一つです。経産省やIPAは、そのようなところに目配りしてほしいところです。
データがAIを育てスキルを代替していく
スキルベースのデジタル人材育成に弾みをつけるのは、AIが仕事を奪ってゆくことです。図11にあるように、目下養成が急がれているデータアナリストでさえ、2030年ごろにはそのスキルの97%がAIに置き換わっていると推定されています。
スキルがAIに取って代わられる率は、人事マネージャが76%、営業マネージャが58%、プロジェクトマネージャが28%となっています。97%から28%までの差が出ているのは、「データをどう利活用するか」にかかるスキルのウエイトです。業務におけるデータハンドリングのウエイトが大きければ大きいほど、AI代替率が高くなるということです。
人事や営業では、人間関係や取引関係などデータだけで判断できない要素の比重が高まります。プロジェクトの管理はもっと不確定要素が強いということを意味しています。数式化できない要件や不確定要素——人間関係とか忖度とか気遣いとか——は、AIが自律型に高度化するまではヒトの領分です。
このことは同時に、AIの原資となるデータの品質と信頼性がますます重要になってくることを意味しています。つい最近まで関与していた日本データ・エンジニアリング協会(河野純会長、JDEA)の関係で触れると、データ生成プロセスが自動化されても、利用目的(適用業務)にフィットするデータライフサイクル(生成・利用・更新・廃棄:CRUD)の設計といった領域はデータエンジニアの力がなければこなせません。
AIは既決データを収集して整理するのは得意ですが、暗黙知的ないし表面化しない知的プロセスは対象の外にあります。さらに言うと、最終的な意思決定はヒトにしかできません。適切な判断を下すにはデータが必要、決断にはスキルが必要です。データがAIを育て、AIがスキルを代替して行くというわけです。
それは仕事がなくなることでもあります。マンパワー(頭数)に依存している人月ベースの派遣型ITベンダーは、いずれAIエージェントと対峙しなければなりません。すでに一部でAIエージェントによるプログラム生成が実現していますし、AIベースのシステム開発を打ち出すソフト会社も登場しています。
それは失業する人が増えることだけを意味してはいません。単純なプログラミングやデータ検索・整理・分析、ドキュメント作成といった仕事がAIに取って代わられる一方、AIエージェントを動かしたり生成されたプログラムの妥当性を評価するハイスペックなエンジニアの価値が高まるでしょう。
仕事の仕方も変わって行くんじゃないかな
ハイスペックなエンジニアは業務として仕事をするのでなく、プロジェクトに参加して存在感を発揮します。存在感を“見える化”するのは報酬です。プロジェクトが終了したらチームは解散、次の「場」を求めてオーディションを受ける。健全な派遣形態であり、一騎当千の英雄が群居する梁山泊。まさにプロフェッショナルな世界が待っています。
実際、すでに個人事業者として自立している自立的なハイスペックエンジニアが連携して、プロジェクトごとにネット経由で事業体(チーム)を編成するバーチャルカンパニー型のスタートアップが登場しています。それこそがフリーランスの働き方なのですが、いかんせん、報酬がついてきません。
デジタル・ネイティブ世代が活躍するためには、報酬がたいせつです。経産省にはその実情に手を突っ込んでほしいところです。
(IT記者会 佃均)
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