IT記者会Report

IT/ICTのこと、アレヤコレヤ

Yet Another Short Break for Art

 佃さんに誘われて,東北大地震被災地3年目の視察ツアーに参加した.TVの画面で見た光景と現地での360度の景観との大きな落差に一種の衝撃を受けた.ツアーの詳細報告はいずれ佃さんが書かれると思うので,ここでは別の話を.

 被災地への往復に際して,往路は福島,復路は宇都宮で新幹線を途中下車して2つの県立美術館で開かれている企画展を観た.
 福島駅からバスで数分,信夫山の麓にある県立美術館では,大震災復興支援という触れ込みで「若冲が来てくれました:江戸絵画の美と生命」と題する企画展が7月27日(土)から始まったばかりだった.世界的に有名なプライス・コレクション(アメリカ・ロサンジェルス)の特別展示.仙台・盛岡と巡回して福島が最後.若冲もさることながら,それ以外の江戸絵画のコレクションは質・量ともに見ごたえがあった.興味のある方は福島まで足を運ばれるとよい(会期は9月23日まで).
  http://www.art-museum.fks.ed.jp/exhibition/jakuchu.html

 しかし,現代美術,その中でも特にパフォーミング・アートに関心を抱いているわたしにとっては,宇都宮の栃木県立美術館で開催されている「マンハッタンの太陽」のほうがインパクトが強かった(こちらも会期は9月23日まで).
  http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/exhibition/t130713/index.html
 この企画展は,「光学芸術から熱学芸術への拡張:18世紀から20世紀の“太陽画”の系譜」というサブタイトルがつけられているが,1982年にわずか34歳の若さでニューヨークで客死したフォト・アーティスト山中信夫の遺作を中心に,20数人のアーティストたちの作品(絵画・彫刻・写真・映像・版画・インスタレーション)を集めたものである.わたしが好きなヨーゼフ・ボイスの作品もその中に含まれている.

 山中信夫が,その「若き晩年」に,手製のピンホール・カメラを駆使して制作した遺作シリーズ「マチュピチュの太陽」,「マンハッタンの太陽」,「東京の太陽」の作品群が広い展示ホールの壁面に一列に並べられた状景は,まるで全体がひとつのインスタレーションであるかのように感じられて,観る者の心を打つ.
 山中信夫が世の中に注目されるようになった出世作は,1971年に東京・多摩川の河原で行われたパフォーマンス「川を写した映像を川に映す」だった.わたし自身はそのころ Daylight Business としてのソフトウェア・ハウスの立ち上げに忙しく,Moonlight Artist としての活動をおろそかにしていたので,残念ながらこのパフォーマンスは観ていない.2009年に多摩美術大学のスタッフが行った再現は YouTube で観ることができるが,臨場感はいまひとつである.
  http://www.youtube.com/watch?v=6sa0agXfZX8&feature=youtu.be&a
 山中がこのアイデアを思いついたきっかけは,東京タワーの影が街に落ちている状景を撮影しようとあちこち歩き回ったとき,お茶の水の堀の水に映った自分の影を見たときだったという伝説があるが、真偽のほどはわからない.

 素材としてのピンホール・カメラの魅力は、この展覧会で山中の作品群を見れば明らかだが,はたしてこれは写真なのかという疑問も生じる.そのあたりのことは,「芸術新潮」誌の7月号にホンマ・タカシさんが連載エッセイ「換骨脱胎」の第1回で次のように書いておられる:
 山中信夫さんは1948年生まれ,34歳だった1982年12月14日,ニューヨークで客死しています.活動期間は約12年に過ぎません.生きていれば今年65歳,同年代の写真家では宮本隆司さん,石内都さん,山崎博さんがいます.杉本博司さんは全く同じ歳です.でも山中信夫さんはいわゆる写真家ではありません.あえてカテゴライズするなら写真を使ったコンセプチュアルアーティストでしょうか.それも,ただ行為を記録するために写真を利用したわけではなく,いわゆるコンセプトのみを提示したわけでもありません.あくまで「映像が見える」ということにこだわった人でした.

 たしかに,山中信夫というアーティストは,いま深川の東京都現代美術館で展覧会が開かれているベルギー生まれなのになぜかメキシコを本拠に活動しているフランシス・アリスと似ているように思う.山中がいま生きていたら,アリスのパフォーマンス・ビデオ作品をどう評価するだろうか?
  http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/141/

 宇都宮は餃子の街として有名だが,それだけではない.県立美術館のほかに新らしい市立美術館もあるアートの街でもある.ちかごろ北関東の地方都市に若手の料理人が住みついて,小さなしかし美味しいレストランを開いているが,宇都宮にもそうしたフレンチやイタリアンの店が散在している.
 宇都宮は,また,世界のバーテンダー・コンクールで上位入賞者を輩出しているカクテルの街でもある.何年か前に亡くなったハードボイルドミステリ作家の風間一輝さん(本名はイラストレータの桜井一さん)が,やはり宇都宮を御贔屓で,未完に終わった絶筆『今夜も月は血の色』もこの街が舞台だった.「日本一美味いハイボールを飲ませるバーがあるんだよ」といっておられたが,店の名前を訊きだす前にかれは逝ってしまった.
 そのうち探しに行かなければ.