IT記者会Report

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ソフトウェア・エンジニアリングの世界のマニフェスト(3)

 実証的なソフトウェア・エンジニアリングの研究は産業界と学界の協力を必要とする。 我々は ISERN に学界からと同様に産業界のグループからの参加を期待する。 ISERN への参加でつぎのような利益が期待できる。

研究者のメリット

 実験的なソフトウェア・エンジニアリングの研究者は、しばしば産業界のデータへのアクセスの欠如、そして、興味深い実験的な研究結果の再現、他の環境での研究結果やツールの再利用、その実験結果を広める若い研究者の交換、といった活動に関するリソースの欠如に苦しんでいる。
 ISERNのアカデミックなメンバーは自身の研究の焦点とローカルな研究所の環境があるが、その学問モデルの改善に貢献しようとすると、ローカルな環境に制約されてしまう。今、必要なグローバリゼーションは他のグループとの共同作業を必要とする。ISERN は実験的なソフトウェア・エンジニアリングの研究領域でこのような共同作業に共通のフレームワークを提供する。想定される利益として、次のようなことに対するハードルを下げることがある。
 (a) 効果的なコミュニケーション
 (b) お互いの結果の再利用(特に、お互いのローカルな研究所環境とツールによる実験的な結果の再利用)
 (c) 再現実験のために共同でイニシアティブをとること
 (d) 共同提案の提出
 (e) ISERN グループに跨った研究者/開発者(特にポスドク)の交換のためのプログラムの確立

企業のメリット

 企業は典型的に、ソフトウェア・エンジニアリングの研究の方向に影響を与えることに対する能力の欠如に苦しんいる。そのため、研究成果を業務の中で見つけ出し、テーラリングし、技術移転を受けることに関して、多くの問題を抱えている。
 ISERN の産業界のメンバーはそれぞれ自分自身の関心ある事項を持っている。
 これに対し次のようなメリットが想定される。
 ・研究ゴールの設定
 ・実験への参加
 ・それらのゴールに沿った経験をパッケージ化した技術と、研究グループへの代表要員の派遣
 ・経験豊かな研究要員の雇用への関与』
 以上、ISERNマニフェストの大略を紹介した。その制定は1992年である。読みとれるとおりこの考え方は今日でも陳腐化せず、その方向はオープン・イノベーションなどの考え方としてより一般的に受け入れられつつある。一方このマニフェストで指摘している課題は容易に解決されることなく、ずっと継続しているというのが現実である。
 ISERNの創設メンバーは下記の6人である。(役職はISERN設立時のもの。ISERN設立時のマニフェスト本文中の記載順)
 ・奈良先端科学技術大学院大学(日本)、(教授・工学博士 鳥居宏次)
 ・Universitat Kaiserslautern (Germany), FB Informatik, AG Software Engineering (Prof. Dr. Dieter Rombach)
 ・University of Maryland at College Park (USA), Computer Science Department(Prof. Dr. Victor Basili)
 ・University of New South Wales, Sydney (Australia), School of Information Systems (Prof. Dr. Ross Jeffery)
 ・University of Roma at Tor Vergata (Italy), Laboratory for Science (Prof. Dr. Giovanni Cantone)
 ・VTT Electronics, Technical Research Center of Finland (Finland ),(Dr. Markku Oivo)
 
 ISERNの第1回年次会合は1992年に奈良で開催された。ちなみに奈良では2002年に第10回の会合も開催されている。今年2012年9月にはスウェーデンのLUND市で第20回の会合がもたれた 。ISERNのメンバーは個人と所属組織がセットで登録され、現在約60名(60組織)が登録されている。日本からは奈良先端科学技術大学院大学大阪大学、(株)NTTデータ、(独)宇宙航空研究開発機構、有人宇宙システム(株)、(独)情報処理推進機構から研究者が参加している。

謝辞:本稿執筆に当たってご指導いただいた奈良先端科学技術大学院大学松本健一教授に謝意を表します。
※3 IT記者会Report:ソフトウェア・エンジニアリング研究の最前線、神谷芳樹、2012年10月

(神谷芳樹のオフィシャル・エッセイ)