IT記者会Report

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「2025年の崖」から5年  IT敗戦と言いながら「わたしのDX」にならないワケ

「経済記者シニアの会」コラム掲載から1か月超が経過したので転載します

本編は

http://blog.livedoor.jp/corporate_pr/archives/60814076.html

 

 経済産業省が「DX」を提唱したのは2018年9月でした。「DXレポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜」がそれで、デジタルトランスフォーメーションって何? なんでDTじゃないの? の素朴な疑問と相まって、副題にあった「2025年の崖」が話題になりました。

 ワークフロー型ないしメインフレーム依存のシステムが、渡り廊下でつながっている。個々のシステムは単一業務を処理することに最適化されているけれど、全体として見るとシステム・アーキテクチャーやデータ構造の整合が取れていない。2025年になるとメインフレームの製造と公衆電話回線のサービスが終了する。モバイルネットワークが4Gから5Gに移行し、就労環境が変わる。

 一方、2025年を境にビッグデータやAIの利用が広がり、システム開発アジャイルが主流になる。このまま突き進むと既存システムは技術や社会制度の変革に対応できず、社会・経済に大きな混乱が起こる。いまのうちにデータ基盤やシステム・アーキテクチャーを整備して、「2025年の崖」に備えなければならない、というのが論旨でした。

新型コロナとマイナンバー 政府系システムこそ

 「DXレポート」は計4回発行されています。具体的には2018年9月「DXレポート」、2020年12月「DXレポート2(中間とりまとめ)」、2021年8月「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」、2022年7月「DXレポート2.2(概要)」です。それぞれの内容は割愛しますが、さて5年目の状況はどうでしょうか。

 経産省の外郭団体でDXの推進を担っている情報処理推進機構IPA)が編集した「DXレポート2023」によると、「デジタル化は進んだが、真のDXはまだまだ」だそうです。アンケートに回答した543社の58.0%が「DXの成果が出ている」と回答しているものの、「IT人材像を設定していない」が81.6%——つまり多くの企業が中長期的な展望なく、手当たり次第に「なんちゃってDX」に取り組んでいるというわけです。

 これを受けてではないでしょうが、経産省のDX施策担当者から「相談いたしたきことあり」のお声がけをいただきました。「真のDX、つまり組織や社会変の革舵を切るために、DXレポートの続編を考えている。ついてはヒントやアイデアをいただきたい」とのこと。会議室で待っていると、入ってきたのは6人。こっちの方が年長ですし、場慣れはしているのですが、課長以下ずらりと居並ぶ官僚の方々から逆取材されるのは、採用面接ないし取り調べを受けているようで落ち着きません。

 ——DXの状況をどう見ていますか?

 筆者の答えは、①「DX」名目で既存システムの保守開発費が増え、それがマンパワー依存型の受託開発業を潤す結果になっている、②国際市場で競っている企業は放っておけばいい、③もっと中小企業に目をむけるべき、④テレワーク、フードデリバリー、ネットタクシー、電子マネー、対面サービスの非接触化など生活レベルのIT利活用(DXかどうかは別として)は進んだetcでした。

 これに対して新型コロナ対策システムやマイナンバーのトラブルは、「IT敗戦」を実感させる出来事でした。「DXレポート」は政府系システム、それを発注した官僚機構、受注して運用する大手ITベンダーこそ学ぶべきだったのです。

「人材が……」は、どこかの誰かがやってくれる、の意味

 経産省の官僚諸氏は、システム・アーキテクチャーとデータ構造の整備については同意ながら、根が深い問題だけに一朝一夕にはいきません。「DXレポート」は学術論文ではなく国の予算を投入する産業政策の一環なので、官僚諸氏が求めているのは目に見えるキャッチーな方策です。

 ——何かありませんかねぇ。

 たぶんダメでしょうが……、と前置きして話したのは、IT分野における多重下請けを禁止する、法令工学を勉強させる、公共システムを発注する標準価格を決める、大企業中心のDX認定制度を見直す、情報処理技術者試験を止める、DX対応が可能な受託系IT企業を選別する等々でした。ダメモデルには圧力を加え、将来モデルには規制を緩和する。1970年代の政策手法と変わりません。

 意見交換が行き着いたところは

 ——結局のところ、すべて他人ごと。

 ——「人材が……」なんて言っているのは、やるのは自分じゃない。どこかの誰かがやってくれる、という意味ですよね。

 ——1980年代からずっと念仏のように「人材」「資格」ですからね。

 ——テレワークもフードデリバリーも電子マネーも、自分ごとなので便利だから利用するし、利用者が増えればよりいいシステム、サービスが生まれてくる。

 つまりDXが自分ごとになれば、放っておいてもDXは進む。

 ——わたしのDX。

 ——「わたしのDX」サイトを作って、どんどん書き込んでもらう、とか?

 このときは盛り上がったのですが、その後とんと音沙汰がありません。マイナンバー騒動に巻き込まれて、次期DXレポート構想とセットでお蔵入りしたのでしょう。このままでは2025年の崖もIT敗戦も他人ごと、グズグズの茹でガエルになりかねません。