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東日本大震災・6度目の秋〜津波被災地は一定の目処〜(2)

東日本大震災・6度目の秋〜津波被災地は一定の目処〜(2)
嵩上げと防潮堤の先に何があるか 県道382号線(舞子浜・四倉海岸)

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東日本大震災・6度目の秋〜津波被災地は一定の目処〜(2)
嵩上げと防潮堤の先に何があるか 県道382号線(舞子浜・四倉海岸) 2016年10月17日 登録者 つくだひとし
 薄磯から四倉を結ぶ県道382号線は、太平洋に面した海岸線を北上する。やや高台の沼の内地区は、目の前が砂浜であるにもかかわらず、薄磯地区との境にある富神崎が天然の防波堤となったため、豊間・薄磯と比べ津波による被害は小さかったという。

沼の内の砂浜に設置された消波ブロックは「海に近づくな」のメッセージか(by google

県道382号線・舞子浜の防風・防砂林は塩害で立ち枯れた松を伐採、歯抜け状態になった
「森の防潮堤」計画も

しかし「津波が来た」という理由で、防潮堤の工事が進んでいた。これまでは道路から遠浅の砂浜に降りることができたが、防潮堤ができると海が見えなくなる。海水浴客や釣り客のために出入り口は開けるのだろうけれど、問題になりそうなのは波打ち際に置かれた消波ブロックの山だ。「海に近づくな」ということになりはすまいか。
 沼の内を過ぎて滑津川を渡ると、両脇が松林になる。江戸時代、磐城平藩が整備した防風・防砂林だが、津波で松が引き抜かれ、あるいは塩害で立ち枯れてしまった。2013年4月の時点では、立ち枯れた松の幹に「伐採」の意味するピンク色の紐が巻かれていた。しかしこの防風・防砂林が津波の減災に大きな効果があったことが認められ、「森の防潮堤」が計画されているという。
 もう一つ目についたのは、滑津川(河口幅37m)、夏井川(同134m)といった二級河川の河口部に水門を作る工事が進んでいたことだ。万里の長城のように、海岸線に平均8mの防潮堤を作るのだから、河口部に水門というのは当然のことなのだが、昨年まではその姿が見えていなかった。消波ブロックと平均8mの防潮堤、水門で津波を阻止あるいは減災できるには違いないにしても、さてそれで住人は戻ってくるだろうか。
海浜公園として整備が進む

 四倉(ここで県道382号線は国道6号線に吸収される)には道の駅「よつくら港」があって、昨年と続いてここで休憩を取った。「被災復興地では前回の記憶やカーナビが役に立たない」はここでも同様で、昨年はあったはずの道の駅の駐車場が消滅し、なかった(はず)の海水浴場駐車場に車を停めることになった。
 駐車場には「四倉海岸復旧事業完成イメージ」と題した看板が立っていた。ふむ、「復興」ではなく「復旧」なんだ。つまり四倉の津波は海岸を襲っただけで滋賀行くには到達しなかったのか、と思いきや、道の駅「よつくら港」の情報館に掲示されていた大震災の被災記録写真を見ると、決してそんなことはなかったのが分かる。
 確かに2013年5月に訪れたとき、道の駅「よつくら港」の海側、砂利敷きの駐車場の先には、津波による廃船が山積みになっていた。それが現在は芝生の公園に姿を変え、コンクリートの防潮堤が海を遮っている。工事が終了したとき、四倉海岸はどのような姿になっているのか想像すると、きれいに設計され(つまり見るからに人工的な)、防潮堤に囲まれた「海が見えない海浜公園」というわけだ。
 その良し悪しを、例えば「自然破壊」という観点から批判するのは容易だし、「観光資源」の視点から歓迎する声があったとしても不思議はない。2011年3月11日に巨大な地震が発生し、巨大な津波が押し寄せた、という事実。その後、津波を遮断するコンクリートの壁が作られ、その内側が公園に整備されたという事実。その可否・成否は、もはや「歴史の判断」に委ねるほかないのではあるまいか。
 

遠浅の砂浜と国道6号線の間に8m高の防潮堤と緑地帯を設けて海浜公園にする計画という

道の駅「よつくら港」から見えた廃船(2013年5月)は消え、芝生の公園に姿を変えていた

道の駅「よつくら港」情報館には津波被害の様子を記録した写真が掲示されている