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東日本大震災5回目の秋 放射能汚染地帯を行く(7)

復興道路とソフトプレッソ

 「東日本大震災5回目の秋〜6国と放射能汚染地帯を行く〜」レポートの第7回目は、10月27日の朝、相馬市の宿を出発して飯舘村役場へ向かう国道115号線と県道31号線での目撃談。そんな細かなことより、早く飯舘村のこと、現地を案内していただいた満田正氏(南相馬市)、伊藤延由氏(飯舘村)が話したことを書け、と迫る向きもあろうけれど、何ごとにも手順がある。だけでなく、通過しただけに見える道中にも、いろいろな発見があったのだ。


野積みのフレコンパック

 国道151号線を経て飯舘村に入ったのは、10月27日10時半ごろ。宿を出たのは8時半ごろだったが、「せっかくだから」と相馬氏6万石の磐城中村城(馬陵城)址を見学したり、さらに途中、霊山町伊達市)の「まきばのジャージー」で休憩(濃厚な「ソフトトプレッソ」を楽しんだ、というほうが正しい)したりで、予定より小一時間の遅延である。
 むろん、観光のみで遅延したのではない。国道115号線を走行中、進行方向左側に大きな看板と工事現場が見えてきた。「復興支援道路〜東北中央自動車道〜相馬福島道路事業中」の文字の下に路線図が描かれている。完成の暁には、常磐道・相馬〜東北道・福島間約52Kmを30分でつなぐことになる。そういえば昨年夏の視察でも、三陸海岸を縦貫する自動車専用道路の建設が盛んだった。大震災の復興は、まず道路から、であるらしい。
 自動車道の建設現場は車窓から眺めるだけだったが、遅延したもう1つの理由は、偶然にも放射物質汚染土を実査する機会を得たためだった。「まきばのジャージー」を出発して約15分、国道115号線から県道31号線をしばらく行った山間に、黒い大きな袋が野積みになっていた。このときツアーの一行は全員、それがフレコンパックというもので、中に除染作業で出た汚染土が詰まっていることを知っている。
 フレコンパックが野積みされている場所にはあぜ道があり、土留めや排水の施設があって、3.11まで田んぼだったことが分かる。日当たりがいい山間地は、水温や寒暖の差でお米の糖度が増すと聞く。おいしいお米が何百キロも取れたに違いない。
 写真では分かりにくいかもしれないが、道路の右脇にも、車を止めた空き地の背後にも黒い袋が並んでいる。その周りに「除染作業中」と染め抜いた黄色とピンクの旗が立ち、旗の棒をロープでつないで”結界”を作っている。この中に入るな、ということだろうが、誰が監視しているわけでもない。

※まきばのジャージー http://tabelog.com/fukushima/A0701/A070102/7000033/
「除染」とはこういうこと

 ツアーの一行は全員が被災地から250Km以上離れたところに住んでいる。このために、「除染」と聞いて、すぐ実際が想像できるわけではない。除染とは具体的にどういう作業をすることなのか、情報があまり提供されていないし、それに応じて関心も弱い。
 環境省のホームページに掲載されている情報によると、「除染特別地域」における除染は、
 ①屋根:ブラシ洗浄・拭き取り
 ②雨樋やコンクリート土間:高圧水洗浄・吸引
 ③敷石・コンクリートブロック・道路:ショットブラスト
    ※微細な砂状物を高速に噴射して表層を削る
 ④側溝・森林(公園):堆積物除去
 ⑤庭・公園・グランド・農地:表土5㎝の剥ぎ取り
 ⑥常緑樹:枝打ち
 ーー等の作業によって行われる。作業員は福島広域雇用促進支援協議会のような準公的組織ばかりでなく、民間企業が募集・研修し、1日当り1万1,000円〜2万円前後(フクイチでの作業員を除く)が支払われている。
 今回のツアーでは南相馬市・横川ダムに向かう県道34号線で、初めて除染作業をしている光景に出くわした。表示は「除草作業」だったが、道路周辺の表土を剥ぎ取る前に下草を刈り、枝打ちを行っていたのだろう。実際、その先では除染(表土剥取)作業が行われていた。その都度搬出というわけにいかないので、粉砕した草や枝、土を詰めたフレコンパックが道の両脇に並んでいく。
 市街地や住宅地では水、農山地では土が、大量に出ることになる。ただの水や土ではなく、除染作業で出たのだから、つまり放射能に汚染されている。見方を変えると、除染作業とは放射能物質をかき集めて容器に入れ、管理しやすいようにする作業といっていい。

※除染特別地域:国が除染の計画を策定し除染事業を進める地域として、放射性物質汚染対処特別措置法に基づき指定されている地域。基本的には、事故後1年間の積算線量が20㎜Svを超えるおそれがあるとされた「計画的避難区域」と、東京電力福島第一原子力発電所から半径20km圏内の「警戒区域」を指す。
先祖伝来の土地が台無し

 ここから先に立ち入るな、と張ってあるロープをわざわざかいくぐる必要もなく、車を停めた空き地の後ろに大量のフレコンパックが置かれていた。通る車も監視する人もいない。監視装置やアラームが敷設されているとは思えない。知りたがりのツアー同行者が測定器を持ち出さないわけがない。
 袋の上に置いて測ると1.69μSvという数値が出た。屋外だと1年間に14.80㎜Sv、屋外8時間・屋内16時間だと8.88㎜Svの放射能を浴びる計算になる。また、袋のそばの草地に置くと2.84μSvだった。袋の上の1.7倍だ。いずれにせよ法定許容量1㎜Sv/年を上回るが、地表近くの空気に触れることが多い幼児への影響が「大丈夫」と言い切れるのだろうか。
 現政権与党やその支持者、原発推進派ないし一部の研究者は、「20㎜Sv以内なら危険ではない」と主張する。また「毎時3.8マイクロシーベルト以下であれば、屋外活動の制限も必要ありません」と文部科学省放射能を正しく理解するために」は言い、農林水産省は「食べて応援しよう!」キャンペーンを展開している。
 福島の放射能を語ると、「風評被害を助長する」と批判する向きがある。根も葉もないことなら風評だろうが、ここには間違いなく通常の数倍、数十倍の放射能がある。住み慣れた家を離れて避難住宅で暮らし、先祖伝来の農地を台無しにされた人たちの怒りと失望を、どのように埋めればいいのか。