* 指針で「丸投げ下請け」を抑制
ITを派遣法の対象外に、というのは産業政策と雇用・就労施策にネジレが生じるから、という理由ばかりではない。省資源ゆえに技術立国、技術立国であれば世界最先端のIT利活用を目指すのであれば、ITの仕事に従事することが就業者のアイデンティティになり、社会的にリスペクトされる地位を保証できなければならない。IT派遣は多重下請け構造の根源で、ベクトルはその真逆に向いている。他の業務・業界はいざしらず、ITサービス業を投網のごとき派遣法から掬い出せ。
責任所在が曖昧になるリスク
日本産業標準分類でITサービス業は大分類G〈情報通信業〉の中分類「39情報サービス業」と「40インターネット附随サービス業」、さらに大分類R〈サービス業(他に分類されないもの)〉の小項目「9294コールセンター業」が含まれる。一方、派遣業は大分類Rの小項目「912労働者派遣業」だ。労働者派遣事業法の改正に伴って多くのITサービス業が派遣事業者の許認可を取得すると産業分類に重大なネジレが生じ、国の産業統計に支障をきたすことになるかもしれない。そのネジレが波及するのは、偽装請負・実質派遣で就労するITエンジニア30万人(推定)ではなく企業。経済産業省の統計でITサービス事業者は1万超、仮にそのうちの6千社超が派遣業の許認可を申請すれば、経産省の所管領域は大幅に縮小する。ITに係る施策や制度の一貫性に齟齬が生じるのは避けたい所だ。
どんな産業でも、製品やサービスは企画・設計から運用・保守・改造まで、品質と安全性が同じレベルで維持管理される必要がある。設計段階での強度が施工段階で勝手に変えられたり、修理や増設によって耐性力が劣化したのでは、社会全体の品質、安全性が担保されない。ITシステムも同様だ。
設計フェーズは請負、プログラム作成フェーズは請負、派遣、出向、再委託、準委任、SES等、運用フェーズは派遣と種々雑多な契約で構成されたのでは、どんな業者が入り込むかチェックできない。実際、1990年代には反社会的なカルト教団系のIT企業が国や自治体のシステム開発に関与、摘発されたことがある。結果としてITに係る品質や安全性の責任所在が曖昧になり、エンジニアのモラルやモチベーションを萎縮させ、国際的な信用を落としていく。
それをさらにひどくしているのが「丸投げ」。受注案件に何ら関与せず、そのまま外注してしまう。外注先から派遣されてきたエンジニアに自社名義の名刺を渡したり、出退勤の管理書類を作る程度のことはするにしても、実態は名義貸しに近い。営業代行費、口座料、仲介料、管理費といった名目のピンハネがリーズナブルかどうかだが、この連鎖が4次、5次、6次とつながるのでは、秩序崩壊の汚名は拭えない。
規制すべきか意見は分かれる
これはマズイ、というので経産省の産業構造審議会は「丸投げ下請け禁止」の構えを示している。法律を作ることを検討したらしいが、柔軟性に欠けるうえ、罰則の実効性が疑問ということから、ガイドラインに落ち着きそうだ。契約の実態に踏み込んで、下請法で元請けへの規制を強めていこうというわけだ。経産省の派遣法対抗策か、ITエンジニア派遣業の切り捨てか、見方は分かれる。
もう一つ、見方が分かれるのはITサービス業への規制の必要性だ。ITサービス業に関連する法律は、情報処理促進法(情促法)、IT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)、不正アクセス禁止法(不正アクセス行為の禁止等に関する法律)、個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律)などがあるが、相互にリンクしていない。それもあって、より実情に応じた体系化が必要という声もある。
例えば情促法は1970年に制定・施行された「情報処理振興事業協会等に関する法律」が原型。情報処理推進機構(IPA)の根拠法というだけで、ソフトウェア業の定義すらしていない。「だからここまで発展した」と現状維持を主張する人もいれば、「放ったらかしにされているだけ」と枠組みを求める人もいる。自由な利用と発想が新しい技術を生むので、ITは規制すべきではない。だが社会・経済の発展を担うITサービス業には一定の枠が必要というのは説得力がある。
不正アクセスで機械が誤動作
現時点で受託型ソフトウェア開発業が多忙を極めているのは、某都市銀行のシステム統合をはじめ、マイナンバー、国民健康保険など大規模システム案件が待ち受けているからだ。「東京オリンピックの2020年までは追い風」と業界でしばしば耳にするのだが、その多くは旧来型の手続き型事務処理システム。滝のように時間をかけて上か下に広がっていくことから「ウォーターフォール」と呼ばれる方式で開発されるため、何百、何千の要員が必要になる。
ではポスト2020はどうか。
あと5年のうちにIoX(Internet of X)が急速に進展する。ヒト・モノ・カネのすべてがインターネットにつながって、「呼吸をするように情報をやり取りする」時代がやってくる。自動車の自動運転に代表されるM2M(Machine to Machine)、ネット・バンキング、デジタル・サイネージ、スマートハウスetcだ。スマートフォンのように、モノがサービスと結びつく。
開発では設計・テスト・実装を短時間に繰り返すアジャイルと、システムを運用しながら機能を改善・追加する派生開発の手法がウエイトを増す。何百・何千の要員は要らなくなる。ソフトウェアのバグで自動車や製造機械、医療機器が誤動作すれば、それはただちにヒトの生命・財産に影響する。サイバーテロは道路や鉄道の信号制御システムや航空管制システム、原子力関連施設を狙う。国民の生命・財産を守るうえでも建設業並みの仮称「ITサービス業法」があっていい。そのときIT派遣云々はもはやどうでもいいのかもしれない。