IT記者会Report

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(知働化フォーラム2015(横浜)に行ってきた 広汎なテーマの中に斯界の大きな「うねり」が

 主催者の強いお薦めで、横浜市開港記念会館で終日開催された「知働化フォーラム2015」に行ってきた。主催はアジャイルプロセス協議会、知働化研究会、テーマは「ソフトウェアの未来」。
 こうした知的なデイスカッションに申し分ない雰囲気の会場で、司会の大槻繁・知働化研究会運営リーダ((株)一)の言うように、いろいろ混ぜた、それも必ずしも即効性の期待できない話題を含む多彩な講演とパネル、それに「知のフリマ(フリーマケット)」と呼ぶワークショップがあった。このうち5つの講演を聴き、パネルに参加した。
その広汎なテーマに消化不良を通り越して体中が混沌と振動したなかにも、何だか次の大きな「うねり」が見えるような不思議な感覚で会場をあとにした。
 とても総括する力はないが、主催者の一人、濱勝巳・アジャイルプロセス協議会会長((株)アッズーリ)から、今日の参加者はこの会合を楽しんだだけでなく、その雰囲気を広く友人・知人に伝えてほしい、というメッセージがあり、全くの主観であるが、ささやかなレポートを記した。
帰りたくなった最初の講演 「知働化の最前線」

 はじめに、知働化研究会コンセプトリーダ、山田正樹氏((有)メタボリックス)の〜Software as a (executable) Philosophy〜というサブタイトルのついた講演。「ソフトウェアの見方について考える」、というお話し。冒頭から、「ソフトウェアは消えてゆく、見えなくなる、社会に溶けてゆく。その溶け方にも、溶解dissolvingと浸潤infiltrationがある。アーキテクチャもなくなるかも知れない。かたちなき形をアナアーキテクチャana-architectureという。」といったお話がつづく。
 こうした話題、いきなりでは理解不能である。ようするに、「ソフトウェアとは何か、考え直したい」、ということだった。
 そして、「世界の知働化のさまざまな潮流」として、この領域の先人の研究が沢山紹介された。どれも知らない話ばかりだし、今回の概要だけでは理解は無理だ。ただ、ソフトウェアとは何か、それをどのように見たら良いのか、ということについて熱心に考察し論を張った、あるいは張っている人々がいるということは重要と感じた。ソフトウェアの本質なんて容易には分からないんだから、これを人間の側でどう捉えるか考えることは、ソフトウェアの諸問題を考えるのに役立つだろう、と勝手に想像した。
 講演の案内に、『こうした紹介から、10年後(多分「日本」という国家が崩壊した後の)ソフトウェアを夢見ます。』とあり、少々過激。全くそこまでは見えなかった。
俄然現実世界に引き戻された2番目の講演

 山田正樹氏のような話しが延々と続くのではたまらないなと思ったところ、2番目の講演は全くの現在進行形の現実世界の話題。(主催者はやり過ぎだ(?))
 IASA日本支部理事、中山義之氏((株)アイ・ティ・イノベーション)の、日本における大型業務システム再構築のおはなしだ。氏はユーザ企業での30年におよぶシステム構築の職歴ののち、いくつかの企業のIT部門を経て、現在の所属でシステム再構築のコンサルティングに従事している。
この領域で現在多くの企業システムは「サイロ型」か「スパゲティ型」に陥り、現代の経営環境に適応出来ない状況になっている。いずれも部分最適を求めて次々と構築した個別業務システムが乱立し、あるいは絡み合って、相互連携が阻まれ発展出来なくなっている。もはや現行業務を続けながらのシステム再構築は、従来の考え方では不可能になりつつある。
 これに対し、氏はユーザ企業寄りのコンサルティング企業として明快な解を提供している。それは「データ・セントリック」と「セントラライズド・トランザクション」。つまりシステム構成上動きの少ないデータを全社の中央に置き、マスター・データハブとする。ここに集中型にトランザクション処理の核を集め、このまわりに変化の激しい業務を自由に構築してゆく。ここでアジャイル手法を活用して行くのも一案。これがユーザ視点のアーキテクチャというわけである。これに対して、変化の激しい新しく華やかなプロセスを中央に持ってこようとするのがベンダーモデルで、これは排除しなくてはいけない。また、ユーザにとって高価なビジネスモデルをもつERPベンダーの意向を排除して行くことも重要、などなど。
お話を聴いて、まことにもっとも思われたので、質問してみた。「こうしたシステム再構築を阻んでいるのは何か?」と。それは各企業内で部分最適を求め、それぞれにROIを追求する姿勢ということだった。データ・セントリックもセントラライズド・トランザクションもそうしたシステム再構築はすぐには利を生まない。部分最適担当者の集合体としての企業では無理なのだ。ようする全社最適を狙う社長にこうした素養がなければ進められない。「なーるほど」、こうしたことはやるところはやっているのだから、優勝劣敗、いずれ企業淘汰という形で決着して行くに違いないと感じた。
 
最先端の技術開発「大規模クラスタ管理の現状」

 システム再構築がいわば企業の駄目論対策のようなものとすれば、次は最先端のおはなし。米国Microsoft Corporationの萩原正義氏から、クラウドセンター構築の最先端で何をやっているのか紹介があった。
 ここではようするに、廉価なブレードコンピュータを多数集積したシステムで信頼性と性能を確保する方式、アルゴリズムの開発にしのぎを削っていた。アルゴリズムよってはチューリング賞の対象になったりしている。クラウドシステムは単にブレードコンピュータの集積と仮想計算機(VM)モニタで構成されているわけではなかった。いわゆる多重下請け構造がどうのとか、職場環境が悪い、とかいった日本のソフトウェア産業界の話題とはまったく無縁の最先端開発の一端を聞かせて頂いた。やっている人々プレッシャーはきつくとも楽しいだろうな、と思った。
大学講義の概要の雰囲気 「基礎情報学から見たソフトウェアの未来」

 東京大学名誉教授、東京経済大学教授の西垣通先生から、いわば西垣情報学の概要を伺った。アジャイルプロセス協議会フェローの羽生田栄一氏((株)豆蔵)がコーディネイト。
 日立製作所で職歴をもち、スタンフォード大学に留学した西垣先生は、情報学をめぐる文系と理系の溝に悩み、今日の研究テーマに至った、ということである。その深い世界の紹介は今回はキーワード程度になってしまったので、ここはまずは先生の著書を読むしかない。「基礎情報学」「続基礎情報学」「集合知とは何か」と出ている。また、「新ソフトウェア宣言」の7項目について、情報学の視点からの考え方が紹介された。
 皆がコンピュータを手に持つ時代になって、今後の方向として、AIよりIA  Intelligence Amplifierを目指せ、というお話があった。コンピュータ丸投げは駄目だ、とんでもないことになる、という示唆である。
最後にアジャイルプロセス協議会濱勝巳会長の持論 「工業化の負債からの脱却」

 ソフトウェアを安易に工業生産物、工業化の対象としてこだわるとうまく行かない。実際は属人的なことがあり、「プロジェクト」「工程」「WBS」「タスク」といった概念に違和感がある。「そもそもソフトウェアは工業化できるような代物ではないのだ」、という濱節である。
 とはいえ、工業化の対象もあり、そうしたところは徹底的な工業化を狙い、本物の工業化を図れ、とも言っている。「作る」から「使う」へ 、「開発」という言葉を使わない提案などなど、結構過激な提案もあり、ここは今後の議論への大いなる問題提起という感じだった。

パネルディスカッション〜ソフトウェアの未来〜

 こうした一日のアクティビティを経て、パネルが開かれた。パネラーは宗雅彦氏((株)サイクス)、林衛氏((株)アイ・ティ・イノベーション)、上原誠氏((株)アイ・ピー・エル)、榊原彰氏(日本IBM)の各氏、司会は大槻繁氏である。ここではちょっと力尽きて割愛させて頂くが、やはり新しい時代がひたひたと迫り、課題も解決策もかなり出ていて、あとは実行あるのみ、「きのうの続きがまた明日」というところには無慈悲な淘汰が待っている、という印象だった。
 いやー、丸一日、ソフトウェアに関する広汎なテーマの洗礼を受けて、びしょ濡れ、今更ながらソフトウェアの世界は広く深い、という感じである。