東日本大震災・被災地を行く(4)

 郡山インターの料金所を抜けて市内に入る。ここに来るまでの高速道路上からも、屋根にブルーシートを張った家がちらほら見受けられた。市内はどんな様子だろう。といっても、郡山市内は取材の折、何度か通過したことがあるだけで、土地勘は全くない。カーナビを頼りにハンドルを握っているのでキョロキョロもしていられない(いや、実はこのあと道路情報に目を奪われて、あやうく信号で止まっていた車に追突するところだった)。

 ――あっ、あの家、瓦が落ちてますね。
 背後から千葉記者の声。体型に合わせて2人がけの後部座席に座ってもらっていたのだ。ブルーシートが張ってあるのだろう。
 ――ほら、あのビルに足場が組まれていて、ネットが張られているでしょう? あれは壁が落ちたか落ちる危険性があるからですよ。
 市街が近づくと、電柱やビルに〈がんばろう日本 がんばろう福島〉の幟旗や横断幕がかかっている(筆者はカメラが使えなかったので、大河原記者が撮影した写真を借用した)。
 カーナビに従っていったんJR福島駅まで行き、柏屋本店(薄皮饅頭で有名)を左に見ながら、だらだら坂の商店街を上っていく。バスもタクシーも、町を行く人の動きも特に変わったところはない。ただ〈第一原発方面通行禁止〉の表示が、地震津波だけで済まない震災の被害――というより不安――の深刻さを物語っているようだった。
 このとき、それまで晴れていた空に黒雲がにわかに広がり、大粒の雨が落ちてきた。外気が急速に下がっていくのが分かる。
 ――放射能の雨ですよね。
 助手席の中村記者が言う。
 ――ちょっと早いけど、八光建設さんに電話してみましょうか。
 千葉記者は7年ほど前、建設業界のテーマで八光建設の宗像社長に取材したことがあった。その縁を頼りに今回の取材をお願いしたところ、快諾を得たのだった。約束の時間は午後1時半。車の時計はまだ11時半過ぎなので、それまで2時間近くある。
 ――LABOTTO(ラボット)というショールームの近くに、しゃれたレストランがあるんです。前に取材に来たとき、そこで食べました。
 ――何の店? 和洋中といろいろあるじゃないですか。
 ――それが、よく覚えてないんです。イタリアンかフレンチか。でも美味しかったですよ。
 ――じゃ、そこでお昼を食べて待つことにしません?
 ――食べたあと、外を歩いてみましょうか。車で通り過ぎると分からないことも、歩くと見えてくることがありますからね。
 雨はワイパーが水をはくのが分かるほど本格的になってきた。八光建設は東北縦貫道郡山インターとJR郡山駅のほぼ中間にあって、先ほどの道を戻ることになる。行きには気がつかなかったが、1階が喫茶店になっている木造モルタル2階建ての庇が崩れ落ち、歩道に亀裂が入っている。小高い丘の上にある墓地のコンクリート壁が崩れ、墓石が倒れているのが見える。
 ――駅前は平穏そうでしたけど、やはりそれなりの被害は出てますね。
 このとき我われは郡山市役所に向かうべきだったのだ。市役所6階の展望室が倒壊し、そのあとから58歳男性の遺体が発見されている。また舎屋本体は無傷だったが、天井や照明、仕切り壁がダメージを受け、執務は隣接の分庁舎で行われている。
 福島民友ニュース(4月11日付)によると、郡山市内では応急危険度判定で「危険」「要注意」と判定された建物約1800棟のほか、地盤の崩壊や道路の亀裂が多く発生していた。なかでも市内八坦地区では地盤が住宅とともに25mも崩落したという。

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