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ジャーナリズムとは何か?(2)

 新聞社、テレビ局、出版社、さらに記者クラブなどの「組織」の役割は何か。もともとは記者「個人」がジャーナリズムを発揮して自由に取材活動ができるように外部からの様々な圧力や誘惑から記者を守ることである。そうした外部からの経済的な圧力をはね退けるために、メディア機能を活かした広告や宣伝などの様々な収益事業も行っているわけだが、毎日新聞朝日新聞などではいまや不動産事業が大きな収益の柱になっているとも聞く。

メディアの役割とは何か

 メディアが巨大化し、社員の給料も高額になっていくと、「個人」よりも「組織」を守ることが優先されるようになってきた。本来はジャーナリズムを追求する記者も商売のための道具となり、商品となりそうな情報ばかりを追いかけ、場合によってはスポンサーの喜びそうな情報を取材してちょうちん記事を書く。記者がタレント化してテレビや講演会などで活躍するようになる。
 1970年代後半頃からメディアが「第四の権力」と言われるようになった時点で、すでに危険な兆候は出ていたのかもしれない。編集作業を通じて情報を取捨選択したり、解説を加えたりすることで世論を形成しようという意図が働くようになっていく。時には作為的に情報を操作して社会を誘導することも行うようになる。私の両親が言った「ヤクザな商売」というのもあながち的外れではない。

「取材先」か「お客様」か

 ジャーナリズムは、そもそも商売とは縁遠いものだ。新聞社やテレビ局のように、広告代理店、PR会社、不動産業などの収益事業を副業として行わなければとても食っていけない。そのことはフリーになる時に分かっていたことで、私自身も「二足」以上のわらじを履こうと思っていたのだが、いざ1人で活動を始めてみると、とにかく居心地が悪い。
 ジャーナリストと名乗る一方で、広告やPRの商売をするのはどう考えても無理がある。「取材先」と「お客様」が同じでも、新聞社のように「編集局」と「営業局」とが分かれていればよいのだが、一人二役は私にはできなかった。
 では「取材先」と「お客様」が異なっていればどうか。私自身は建設、住宅、不動産分野でジャーナリスト活動を続けたいと考えていたので、建設、住宅、不動産分野の関係者とは「取材先」として付き合い、その他の業界は「お客様」対応でも良いと思って、IT関連では広告や調査関連の仕事も請け負ってきた。とは言え、建設、住宅、不動産分野で手広く取材活動しながら、他業界でも積極的に営業活動するのは難しかった。

原稿執筆だけでいくら稼げるのか

 結局、最近は原稿執筆にほぼ専念する状態になってしまった。しかし、原稿料は相変わらず安い。私のようなフリーのベテラン記者に来る依頼は、あちらこちらに取材に出向いて1本の原稿をまとめるといった手間がかかる仕事が多い。ほとんどは署名記事なのであまり適当な記事を書くわけにもいかない。もともと遅筆なので出稿量は週に1〜2本が限界。一度書いた記事の使い回しも難しい。
 原稿料の相場は千差万別のようだが、私のような名前が売れていない記者であれば、ウェブの記事は1本1万5000円〜2万円。経済雑誌の原稿料はページ2万円。テレビ出演のコメント料は1回1万〜1万5000円。雑誌への取材協力費も1回5000円〜1万5000円。経済関係の本は1万部売るのも大変な時代で、定価1300円で印税8%、初版6000部として原稿料は60万円程度だ。
 出稿量と原稿料から計算すれば見当が付くと思うが、取材交通費や通信費などの経費を除いた現在の私の収入は、新聞社時代の1/4〜1/3程度だ。当時、産経新聞系の給料は、テレビ局、読売、朝日、日本経済新聞などの半分と言われていたので、今、同世代の給料と比べたら私の収入は1/10程度かもしれない。 
 「その程度しか稼げないのなら、いつまでも未練たらしく記者にしがみ付いていないで、さっさと商売替えして消えたら!」と取材先にバカにされるのがオチだろう。ただ、取材先からは、カネをもらっていないので遠慮なしに何でも記事に書けるというだけである。広告・宣伝、不動産事業など収益事業の才覚がない限り、ジャーナリズムで稼げる収入など微々たるものである(私が知らないだけかもしれないが…)。
 

日本のジャーナリズムを育てるのは誰か

 最近ではインターネットのソーシャルメディアには、メディア批判が溢れている。中には「マスコミ+ゴミ=マスゴミ」と罵る表現も良くみかけるが、ジャーナリズムを担う「個人」を守るよりも、高額の給料を得る「組織」を守ろうとしていることを見透かされているからだろう。彼らも生活がかかっているのだから仕方がないと言うかもしれないが、では誰が日本のジャーナリズムを担っていくかである。
 残念ながらジャーナリズムを担う「個人」を支援する民間「組織」はほとんど見当たらない。言論NPOのような非営利団体も出てきているが、新聞やテレビのような役割をカバーするのは難しいだろう。ウォールストリートジャーナルやロイターなどの外資系メディアに頼るという手もあるが、日本の民主主義が脆弱であることを白状しているようなものである。
 別に開き直るわけではないが、ジャーナリズムが日本社会の今の姿を映す鏡であるなら、一億総「マスゴミ」化しているのは日本社会なのかもしれない。メディアやインターネットに流れている情報がどこまで「ウラ取り」された情報なのか。大本営発表だけで日本の針路を誤ることはないのか。国民がメディアに対して厳しい批判を浴びせるのは自由だが、その一方で優秀な若い記者「個人」を育てたり、記者の取材活動を支える「組織」を応援することをぜひお願いしたい。やはり日本のジャーナリズムを救えるのは、ひとりひとりの「個人」であると思う。