IT記者会Report

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上海・紹興 見たまま聞いたまま(3)

 第5回世界ソフトウェア品質会議(5th.WSQC)やSEA上海Forumのレポート――つまりITやソフトウェア・エンジニアリング―から離れて、中国の観光案内のようになるなあ、と思うのだけれど、笹部進氏の講演のように、グローバル・コラボレーションには文化や思考の特性を知る必要があるのだということを言い訳・大義名分にして書く。とはいえ若干、個人的な趣味が表に出ないとは限らないが。

国租界時代は競馬場

 前回(2010年7月)、行きたかったけれど行けなかったのが上海博物館だった。今回はもっけの幸い、1日余裕がある。 
 同博物館は宿泊したホテルから歩いて約20分、人民広場のほぼ中央にある。絵画、陶器、彫刻、書、工芸品、民俗資料など中国4千年の歴史が生み出した12万点もの文化財が収蔵されているのだが、上海ならでは(と筆者が思っているだけかもしれないが)なのが青銅器である。
 さて、当日(11月1日)は肌寒い小雨。ホテルの名前入りの傘をさして街並みを眺めながらぶらぶら行く。道案内は自他ともに認める上海通・岸田孝一氏である。
 ――ここは革命前まで、イギリス租界の競馬場だったんだよ。地下は全部が商店街になってる。
 と聞いて、「へえ〜」だった。
 なるほど地図で見ると人民広場は大きな楕円形、浦東の旧イギリス疎開から大通りが真っ直ぐ通じている。かつてここにアスコット競馬場のような社交の場があったのだ。地形や道は時代を超えて残る。「大地に刻まれた古文書」と言われる所以である。
 観光バスが何台も駐まっていた。小旗を立てた団体の一行が歩いてくる。ツアーの必須コースになっているらしい。だけでなく、休日になると市内や近隣から親子連れが見学に来る。
 ――前は大人1人20元(約250円)だったかな。今は無料。
 思わず「え〜ッ」だった。
 展示・収蔵品のすべてが日本なら国宝級。上野の博物館や美術館で展示したら入場料3千円でも長蛇の列ができ、1時間以上も並んで見学は10分ということになりかねない。
傘の雨滴を切り、入館手続き(身分証明証の提示と所持品のセキュリティチェック)のために20分ほど並んだが、落ち着いた雰囲気の館内はゆったりしている。おまけに「撮影はご自由に」とは思っていなかった。ただし文化財を守るためにもマナーとしてもフラッシュは×。
 ――どうします? 全館を見て回ります?
 と岸田氏がからかうように言う。「そうですね」なんぞと返事をしようものなら、「それじゃ、滞在を1週間ぐらい延ばしますか?」というに決まっている。
 ――とんでもない。今日は青銅器だけにしておきます。それだって1時間や2時間じゃ足りないでしょう?

越劇専門の劇場・上海越劇院

 SEA上海Forum恒例の“文化学習”は、越劇の観賞だった。
 越劇の原型は長江以南で行われていた村芝居で、京劇が男性だけなのに対して越劇院は女性だけで構成する紅楼劇団の舞台となっている。宝塚歌劇団が中国にもあったというわけだ。京劇ほど素っ頓狂な高音を張り上げることもなく、音曲もうるさくない。京劇は日本の能に通じる抽象化された舞台だが、越劇は具体的。違いはそんなところだろうか。
――日本の浄瑠璃浪曲のような謡いが入ることもあるんですよ。
 福善上海の杉田義明氏が教えてくれた。
 当日の演目は「三看御妹」。「娘々」(にゃんにゃん)と呼ばれるお嬢さん(劉将軍の娘)がいた。2人の侍女が娘々に仕えている。ふとしたことで見かけた村の男が娘々に一目惚れし、学者、画家、医者に姿を変えて会いに行く。それがバレて村男は捕まり処罰されそうになるが、侍女と娘々の機転で救われ結婚することに、という話だった。言葉は分からない―ちょうど日本人にとっての能・狂言、歌舞伎のように上海の人たちにも分からないことがあるらしい―が、舞台脇の電光掲示板に表示される台詞(もちろん現代中国漢字)で大まかな意味は読み取れる。
 ハッピーエンドの大団円で幕が降りる。すると花束を抱えたオバチャンたちが大挙して舞台前に押しかける。京劇のように格式ばっておらず、大衆の手の届くところにある演劇であることがよく分かる。
――紹興ではもっと素朴な劇だったんですけど、 最近は人気が出てつまらなくなりました。
 紹興市出身で魯迅の曾孫に当る魯芳玉さんが言う。
 そうだったんだ。でも、けっこう楽しめたけどな。