9月12日(木曜日)午後2時から、東京・神保町で、《IT Leaders》(河原潤編集長)主催の「PSAセミナー」が開かれた。PSAは「Professional Service Automation」の英文頭文字を取ったもので、日本ではまだ耳慣れない。セミナーのタイトルにある「働き方改革を正しく実践し、社員満足/スキル向上を両立」の決め手かどうかは別として、人月モデルの受託ITサービス業の経営者や人事担当者なら聞いといて損はなかった。
オープニングに登壇した《IT Leaders》編集主幹・田口潤氏の説明によると、「Automationは製造業に限定される用語ではなく、モノやコトを自動的・安定的に生成していくこと、その仕組みを意味している。PSAはつまり、属人性を排しつつ、プロフェッショナル・サービスをコンスタントに提供していく仕組み」という。
《IT Leaders》8月26日付掲載の記事『情報サービス企業はいつまでSES契約を続けるのか? 今こそプロフェッショナルサービスを考慮すべき時』(https://it.impressbm.co.jp/articles/-/18429)では、受託ITサービス業における人月のビジネスモデルを「SES」(Software Engineering Service)とし、PSAをSESから脱皮する方法、さらにエンジニアを高度化する手法として位置付けている。
セミナーの正式なタイトルは「情報サービス企業の明日の姿「プロフェッショナル・サービス企業」へと舵を切る〜働き方改革を正しく実践し、社員満足/スキル工場を両立〜」と、ちと長い。受託ITサービス業の高度化に向けた熱意を込めたのだろうが、テンコ盛りのキーワードがテーマをぼやかしてしまったかもしれない。
クラウドとDXで変貌する米国の産業構造
基調講演で登壇したのは、米カリフォルニア州サンノゼを拠点にシリコンバレーのIT企業の動向や先進的なIT利活用に関する情報を発信している山谷正己氏(Just Skill.Inc代表)=下写真=だった(同氏との再開はほぼ10年ぶり。シリコンバレー視察/ITエンジニア研修プログラムに関連して、何度かコンタクトを取ったことがある)。
山谷氏の講演は「シリコンバレーとDXの最新動向」だった。
例えばIT記者会Repot「講演再録」(http://interview.hatenablog.jp/)のように講演を文字起こししたりするのは、山谷氏の知的財産を侵すことになる。そこで、概略を箇条書きで紹介する。
◆ ベンチャー投資
現在、投資が向かっている先は ①Fintech、②AI、③デジタル・ヘルス。そればかりでなく、農業(AgriTech)、教育(EdTech)、金融(FinTech)、医療(MediTech)、食品(FoodTech)、小売(RetailTech)など、あらゆる産業領域のデジタル化、DX化で社会変革を起こそうとするスタートアップ企業に投資が集中している。
◆ DXはホンモノ
これまでにコンサルティング会社や大手ITベンダーが提唱したMIS(Management Information System)、SIS(Strategic Information System)、BPR(Business Process Reengineering)、BPM(Business Process Management)などは概念にとどまっていた。しかしDX(Digital Tranceformation)はロボットやクラウド、IoT、AI、ビッグデータ、ブロックチェーンといった新しい技術に裏付けられている。
◆ 産業構造を変える
Uberがタクシーのビジネスモデルを変え、Amazonの書籍通販がシリコンバレーから書店をなくし、facebookが広告エージェントに取って代わり、アップルの楽曲配信サービスがレコード店を閉店に追い込み、NETFLIXやholuが映画館を閉館させている。トイザラスが破綻するなんて10年前には想像できなかったし、ホリデー・インの売上げをエアビーアンドビー(airbnb)が超えるとは思わなかった。
NETFLIXがMGMやWD(ウォルト・ディズニー)、20世紀FOX(21世紀FOX)といった映画配給会社を従え、UberがFordやGM、イエローキャブの上位に位置し、airbnbがヒルトンやマリオット、ホリデー・インなどを配下に置いているように見える。
◆ アナログからデジタルへ
システム的観点でいうDXが起こす産業構造の変化は「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」ということができる。アナログ・ビジネスからデジタル・ビジネスへの転換を意味する。時間短縮、コスト削減、CX(Customer eXperience)を通じて企業文化が変わっていく。デジタル・ビジネス/DXに乗り遅れた企業は凋落する。
◆ ITサービスの需要が激減する
クラウド、サーバーレス、マイクロサービスが進展するとソフトウェアの作り方が変わり、同時にITサービスの需要が激減する。20世紀のウォーターフォール型/モノリシックなシステム開発ではなく、アジャイル開発だけでなく、開発と運用が一体化したDevOps/DevSecOpsにシフトしていく。
サービス・エコノミーの時代に対応できない
山谷氏の熱弁は続く。
——2000年に「フォーチュン500」にランキングされていた企業の52%が、2019年版から脱落している。デジタル・ビジネスに対応できなかったり、対応が遅れたのが要因の一つだ。
——もう一つ、「フォーチュン・グローバル500」の上位企業がどう変わったか。2000年版のトップはゼネラル・モータース(GM)、トップ30に日本企業が12社入っていた。ところが2019年版のトップはウォルマートに代わり、日本企業は第10位にトヨタだけ。中国企業が6社、韓国のサムソンが12位、台湾の鴻海が23位と様変わりしている。
——主要なIT企業の売上高と営業利益をポインティングすると、下図のようになる。日本のIT企業は営業利益率が低いことがよく分かる。
以上を踏まえて山谷氏は、日本のIT企業の営業利益が低い(儲からない)のは、サービスのとらえ方に起因しているのではないか、という。これからは「サービス・エコノミー」の時代なので、そこを解決しないと日本のIT企業はDXに対応できなくなってしまう。
そこで山谷氏は、「日本と欧米のビジネス・カルチャーの違い」(表1)を示して次のように整理して解説した。
——日本のカルチャーは密度が濃い。日本人は「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」だけで共通の景色を思い浮かべるが、米欧人はそうは行かない。髪の色、目の色、肌の色、ネイティブな言語、食生活、宗教などが個人によって異なるので、何かしようとすると齟齬が起こらないように細かく仕様を記述する。
——日本でいうサービスは「おまけ」。何か買ってくれたら1個つけてあげるのがサービス。あるいはかつてのメインフレームとソフトウェアの関係のように、何でもかんでもがハードウェアの値段に含まれている。つまり「サービスはタダ」なので、サービスの品質を高くすればするほど「サービスはコスト」となって利益を圧迫する。
——これに対して欧米では、サービスは客が要求しない限り提供されない。レストランに入って座ったらお水が出てくるのは日本、言わないと出てこないのが欧米で、しかも有料だったりする。サービスの質を高くすれば、より多くの対価を得ることができるので、「サービスで儲けよう」ということになる。 日本の企業もサービスで儲けることができるように、質的な転換が必要だ。
では、マンパワー依存度が高い受託ITサービス業が「サービスはコスト」から転換するには、どこから手を付ければいいだろうか。
「プロの技術を小分けに売る」という発想
シリコンバレーにおけるITエンジニアの働き方や対価算定の実情から、「プロフェッショナルを小分けにして売る」ことだと山谷氏は言う。その前提は、DX化やデジタル・ビジネスの展開に必要なデータ・サイエンスやマイクロサービス、サーバーレス・コンピューティング、さらにはフォッグ(霧)コンピューティング(クラウドの次)などに関する十分な知見を持っていることだ。
山谷氏は「プロフェッショナル・サービス」を、①人材 ②スキル ③時間 ④リソースーーの4つの要素に分解する。これをリアルタイムで収集・分析・管理する。「誰」が「どんな業務」に「何を使って」「何時間」従事したか、だ。
——な〜んだ、要するにITエンジニアの就労管理、プロジェクト管理、タスク管理ではないか。
と軽く考えてはいけない。そう言う人(会社)に限って、それすらできていないことが少なくない。Excelベースであれ、ITエンジニアの就労管理、プロジェクト管理、タスク管理ができていれば、今度はエンジニア一人ずつの作業(質と量)を勘案した時間単価を設定していく。
「ベースは現行の人月単価でかまいません(本当はそうじゃない方がいいけれど)」
それをもとに、例えば次のように作業ごとの時間単価を設定する(表2)。
現行の人月単価方式だと、SE(A)と上級SE(B)は月に352時間就業して300万円を稼ぐ。
PSA方式では、現行の月額から1時間当たり単価を算出する。1,000円未満を切り捨てると、SE(A)は時間給5,000円、上級SE(B)は11,000円だ。これを最低時間給とする。どんな作業を何時間やったかが分かれば、作業に応じた時間単価をかけて小計を出し、月単位で〆て請求する。
仮にミーティング、要件定義、仕様書作成をやったとすると、SE(A)は1か月で81万円となって月額単価100万円を下回る。しかし上級SE(B)は234万円なので、2人の合計は315万円となる。人月単価方式より就業時間は32時間少なく、対価は15万円多くなる計算だ。
むろんこれは机上の計算で、実際には様ざまな要件が絡みあう。時間単価をどう設定するかによって、最終的に受けると対価は上下する。表2のように都合よく展開するかどうか、という疑問が残るのも間違いない。
ただ、山谷氏が言うように、
「お酒を1升で売るより、1合ずつ小売りした方が最終的な売上げは多くなる」
という話は納得できるだろう。
プロフェッショナル・サービスはタスクごとに値段付けし、時間給で請求する——あ、これって弁護士の相談料と同じ考え方だよね。
何をやるか、作業プロセスと成果物で対価を決めていくわけなので、「エンジニアの頭数✖️人月額単価=一山いくら」の計算とは全く違う。エンジニアの技術料で対価を決める入り口に立つことができるのだ。
もう一つのEBPMはユーザーにもメリットがある
これを広げていくと、ITエンジニアの就業形態が変わってくる。
タスクごとに作業品質と作業時間がシステムで管理されているので、「客先常駐」である必要がなくなってくる。PSAのシステムがCRM(Customer Relation Management)やHCM(Human Capital Management)とリンクすることによって、もう一つのEBPMが実現するだろう。よく知られているのはEvidence based Policy Making(証拠に 基づく政策立案)、ここでいうEBPMはEvidence based Price Making(筆者の造語)だ。
そうなるとITエンジニアは、月曜日の午前中はA社で打ち合わせ、午後は技術研修、火曜日の午前中はB社で現状分析、午後は自宅もしくはコワーキングスペースでA社の仕様書作成、水曜日の午前中はD社でユーザーインタビュー、という具合に、エンジニア中心のスケジューリングが可能になる。打ち合わせはテレワークで済むこともあるに違いない。
ユーザー(発注者)にとってもメリットがある。支払う対価の明細(裏付け)を得ることができれば、コスト・パフォーマンスが計算できるようになる。ユーザー社内でのEPMというわけだ。
以下は筆者の感想。
ITエンジニアが自由で柔軟な発想を持つようになると、デザイン・シンキング型の提案ができるかもしれない。DX=デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション=サービス・エコノミーは、これまでにやったことがない破壊的創造への挑戦だ。「理想論に過ぎない」と言うのは簡単だが、そこに向かって行かなければ、人月モデルの受託ITサービス会社は先細りするしかないだろう。
人月モデルの受託ITサービス業にとってPSAだけが解決策、という気はないけれども、「ウダウダ言っているヒマがあったら、踏み出せよ」と言いたい。2025年の崖があるかどうかは分らないが、DXは待ったナシだ。それと同じように、人月モデルの受託ITサービ業に残された時間はあまりない。危機感を行動に移せるかどうかがポイントだ。
——「人材」と言えば、腕に自信があるエンジニアは「オレは材料でしかないのか」と考える。それで財産なんだという意味を込めて「人財」と表現を変えると、「資源の一部か」ということになってしまう。たいせつなのはITエンジニアが、個性と技能・技術を備えたタレントとして扱われること。
山谷氏の締めくくりの言葉が印象的だった。
【補足】IT記者会の仲間とはいえ、メディアが主催する有料セミナー(今回は1人6000円)を記事にするのは滅多にない。対価を払ってしか聞けない内容をバラしたら、次回の企画が難しくなる(かもしれない)からだ(前もって断っておくと、今回は《IT Leaders》の許可を得ている)。
筆者の記事「ITサービス「受託」の定義が変わる? 非人月モデルが8年連続で営業利益の過半占める」に見るように、受託ITサービス業では地殻変動が起こっている。にもかかわらず「JISAのトンチンカンを止めるのは誰か」を考えるのもバカバカしいという話」という現実がある。実際、セミナーは定員30人に対して受講者は60人超と盛況だったのだが、情報サービス産業協会の幹部クラスの参加は数えるほどだった。そのじれったさがにじみ出てしまったことを許されたい。