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「いま再びのDOA」こそDXへの切り札かも スクエアfreeセミナーに行ってきた 

古くからの知己であるY氏から「スクエアfreeセミナー」の案内が送られてきた。東京・神田紺屋町のOPENスクエア(田中昭造社長)が月1ペースで開催している原則無料(ゲストにより有料のケースも)のセミナーだ。第96回の今回は「情報システムにセオリーはあるか」がテーマだという。「銀の弾丸」はないのだが、何かヒントをもらえるかもしれない——ということで、久しぶりに行ってきた。

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「システム設計のセオリー」がテーマのスクェアFreeセミナー(10月25日)は満席だった

 経済産業省が9月7日に公表した報告書「DXレポート ITシステム《2025年の崖》の克服とDXの本格的な展開」を契機として、「大手企業の8割以上にレガシーシステムが残っている」だの、「民間企業が投入するIT関連予算の8割は現行システムの維持管理に使われている」といった記事が出るようになった。IT専門メディアは当然として、日経、朝日となると背後に経産省の”仕込み”があったのだろうと推測がつく。

 DXは「デジタルトランスフォーメーション」のこと、《2025年の崖》はIT利用環境の激変を指す経産省の造語。日立製作所のコンピュータ事業撤退をはじめ、Windows7Windows Server2008、SAP ERPのサポート終了、PHSISDN/固定電話網の廃止などの一方、IoT( Internet of Things:モノのインターネット)やAI(Artificial Intelligence:人工知能)、RPA(Robotic Process Automation:繰り返し単純作業の自動化)といった新しい技術の普及が生むギャップを指す。

 また「レガシーシステム」はメインフレーム全盛期から改修・改造を重ねてきたスパゲティ・システムだけでなく、ベンダー丸投げでブラックボックス化したシステムや既存システムをそのまま乗せ替えただけの擬似クラウド、特定メーカーの技術に大きく依存したベンダーロックインなども含んでいる。同一事業者内でも事務管理系と生産管理系のシステム間連携ができないのでは、「さぁDXの時代です」と声をかけても絵に描いた餅に終わってしまう。 

VDM、XDDP、PEXA、匠メソッドなどはあるが

 《2025年の崖》がどれほどのものか、本当に「崖」なのか――はともかくとして、「じゃぁどうすればいいのか」のクエスチョンマークの前に立ち止まってしまうのは経産省ばかりではない。経産省は「DX推進ガイドライン」だの「レガシー度チェックリスト」、中小企業向け共通プラットフォーム案、アジャイル開発における契約モデルなど”外堀”を埋める作業を急いでいるが、実際にシステムを運用している事業者、なかんずくそのIT部門やパートナーのITベンダーにとっては他人事ではない。

 本音で言えば「できるだけいじりたくない」。現在は何の問題もなく動いているし、仕様書もマニュアルも残っていないから何がどうなっているか分からない。だが、いつ経営トップが「AIを活用しよう」「DX化対応はどうなっているのかな」と思い付くか分からない。下調べしておきたいのだが、どこから・どのように手をつけたらいいのか途方にくれているのが実態ではなかろうか。

 「何かいい手法、ご存知ありませんか」と経産省の担当課長氏に尋ねられて筆者が答えたのは、「フォーマルメソッド(形式手法)か派生開発手法」だった。フォーマルメソッドには「VDM(Vienna Development Method)」、派生開発には「XDDP(eXtreme Derivative Development Process)」という方法論がある。既存システムをリバースしてVDMやXDDPで整理し、アトリス(安光正則社長、東京・用賀)が提供している「PEXA(ペクサ)」というツールで解析する。「匠メソッド」を使ってアジャイル開発につなげていく手もある。

 現行システムが解析でき、廃棄・存続の仕分けができれば、あとはコンバーターやジェネレーターでプログラムをCOBOLRPGなどから最新の言語に変換することができる。「超高速(xRAD)」を謳い文句にしたツール群の出番だ。2013年8月に発足した超高速開発コミュニティ(関隆明会長)が、会員保有のツールの適用領域を図式化してくれればユーザーは取り組みやすいだろう。

 ところが筆者はソフトウェア・エンジニアではないので、VDM、XDDP、PEXA、匠メソッドなどが既存システムのリバースと棚卸しにどこまで有用か、確定的なことは言えない。しかも「習得するには、ソフト工学についてかなりのスキルが必要」という話も聞いている。プログラムが記述できるレベルの一般的なIT技術者が比較的容易にマスターでき、かつ汎用性がないと、すべて――は不可能であるにしても――の事業者のITを短期間(2025年まで実質6年)に脱レガシー(レガシー・モダナイゼーション)するのは難しい。

データ駆動型システムなればこそ

 さて、どうしたものか――という考えが、「まずはデータの正規化からだよな」に収斂しつつあったとき、古くからの知己であるY氏から「スクエアfreeセミナー」の案内が送られてきた。東京・神田紺屋町のOPENスクエア(田中昭造社長)が月1ペースで開催している原則無料(ゲストにより有料のケースも)のセミナーだ。第96回の今回は「情報システムにセオリーはあるか」がテーマだという。何かヒントがあるかもしれない。

 セミナーの演目は2題。最初は赤俊哉氏(明治座)による「要求定義のセオリー」、次が中山嘉之氏(アイ・ティ・イノベーション)の「ITアーキテクチャのセオリー」だ。講演の内容は赤氏が自著『だまし絵を描かないための要求定義のセオリー』、中山氏も自著『―システム構築の大前提― ITアーキテクチャのセオリー』のポイントを駆け足で要約したかたちなのだが、発行元がリックテレコムというだけでなく、データマネージメントに焦点を当てる点で共通していた。

 『だまし絵を描かないための要求定義のセオリー』で赤氏は、第4章の6「データ要件の明確化」に40ページを費やし、中山氏は『―システム構築の大前提― ITアーキテクチャのセオリー』の第2部で「データアーキテクチャ」を、第3部で「エンタープライズデータHUB(EDH)」の考え方を詳述している。両氏の講演を聴きながら思ったのは、「ずっと前に流行ったDOA(Data Oriented Approach:データ中心アプローチ)か?」だった。

 なるほど、DXのシステムはIoTであれAIであれRPAであれ、データの発生・取得がアプリケーション起動のきっかけになる。ビッグデータとは、ただデータを無慮膨大に集めればいいというものではない。用途と目的に適したデータを設計し、雑音を排除して初めて意味のあるビッグデータになる。適正なクリーンデータをインプットして初めて、AIは的確な判断を下すようになる。データ駆動型なればこそ、データに着目するのが自然なアプローチだ。

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「中間ファイルで正規化する」という考え方

 確認のためにDOAをオサライしておくと、情報システムは「データ」「プロセス」「ルール」の3つで成り立っている。データは説明するまでもない。製品の品番や取引先の名称、従業員の氏名などだ。プロセスは事務処理の手順、ルールは集計の方法や割引率などをいう。データの属性によって、適用するプロセスとルールが異なってくる。1980年代までのセンターサーバー型集中処理システムではデータベース(DB)の設計に重点が置かれていたので、「DB設計=アプリケーション設計」と錯覚する向きもあった。

 既存システムの棚卸し、DX化の作業で留意しなければならないのは、「変わらないのは何か」ということだ。IoTやRPAでプロセスは一変する。社会・経済のデジタル化でルールも変化する。分かりやすく言うと、例えば無人決済システムでモノを買った(売った)とき、レジのキーを打ったりバーコードをスキャンする作業がなくなり、紙の領収書やレシートの発行は不要になる。店の在庫が一定数量を割り込んだとき、自動的に発注する仕掛けは一部で実用化されているので、販売・在庫管理の仕事(プロセスとルール)がガラッと変わっていく。

 ところがデータは変わらない。製品が廃番になっても、メンテナンスや修理のために数年間は部品を在庫しなければならない。そのとき、生産部門と営業部門で製品名(品番、愛称)が違うと、円滑な顧客対応ができなくなる。取引先の社名を「株式会社○○○○」と書くか「(株)○○○○」とするか、人の苗字と名前の間にスペースを入れるか入れないか、それだけの違いでシステムは同定することができない。DXの出発点はデータ構造の統一、つまりデータの正規化だ。

 そこで筆者が注目したのは、異システム間のデータを相互に突合し、時間をかけて統合していく中間ファイル方式だ。一気にすべてを解決しようとすると無理が生じ、見落としが大きな禍根となることもある。中山氏が提唱する「EDH」がそれで、「EDH「で密結合の状態にあるデータとアプリケーションを切り離す」という考え方は興味深い。

 「データとアプリケーションの関係が疎結合に解きほぐせれば、データの正規化を図りながらシステムをリバースすることができる」と中山氏は言う。「いま再びのDOA」だが、かつてのままのDOAではないというわけだ。

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エンタープライズデータHUBでシステムの硬直性を解きほぐす」と中山嘉之氏