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プロセス革新をめぐる断想(4)

 6月の末にアイルランドでの EuroSPI 2013 Conference に参加したが.開催地ダンドークへ移動する前,時差調整を兼ねて滞在した首都ダブリンの市立美術館(Hugh Lane Gallery)でFrancis Bacon Studio の展示を観る機会があった.
 アイルランドが生んだ20世紀最高の画家と評されるフランシス・ベーコンについては,今年の3月から5月にかけて東京の国立近代美術館で大規模な回顧展が開催されたので,日本でもかなり有名になったようだ(この回顧展は現在,愛知県の豊田市立美術館に移って9月1日まで開かれている:
 http://bacon.exhn.jp/

 ダブリンでの展示は,ロンドンで活動していた画家のアトリエをそのまま市立美術館の中に再現したもの.下記のWeb Page に載っている写真を観ればわかるが,まさしくカオスとしかいいようのない雑然とした状況である.
  http://www.hughlane.ie/history-of-studio-relocation
 この展示ではベーコンが自身の芸術について語ったコトバがいくつか壁に表示されていた.アトリエの有り様について,かれは次のように語っている:
 「わたしは,きれいに片づけられた場所では仕事ができない.このアトリエはまるでゴミタメみたいに散らかっているが,こういう場所で絵を描くことのほうが,ずっとやさしいのだ」
 ソフトウェア・プロセスの革新についてのダンドークでの講演では,このコトバを引用して,「混沌こそ革新の母である」と締めくくったのだが,聴衆の受けはまずまずだったように感じられた.

 今回の会議の開催地ダンドークは、ダブリンから北へ鉄道で1時間ほどの地方都市であった.鉄道の駅近くは,比較的きれいに区画整理されており,アメリカ風のショッピング・モールなどもできていた.会議場は,駅からクルマで10数分走った野原の真ん中に新設された工業大学のキャンパス.宿舎は隣接して建っているモダンなホテル.周囲には何もないので,夜はタクシーを駆って駅近くのパブまで飲みに行かなければならない.ダブリンの下町の雑然とした雰囲気と比較すると,ほとんど刺激らしい刺激がない.やはり,ベーコン画伯のいう通り,創造や革新の源泉は混沌の中に求められるのであろう.
 文学の世界を眺めて見ると,20世紀で最も創造的な作品を書いた作家はといえば,だれもがダブリン生まれのジェームス・ジョイスの名前をあげるだろう.わたし自身は,かれが創始した「意識の流れ」技法が苦手なので,大作『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』にはなかなか手を出す気にならない.しかし,初期の自伝的作品『若い芸術家の肖像』(A Portrait of the Artist as a Young Man)は,お気に入りの小説のひとつである.ウェールズ生まれの詩人ディラン・トーマスがこのタイトルをもじった自伝小説 “A Portrait of the Artist as a Young Dog” (邦訳は『仔犬時代の芸術家の肖像』)を書いているが、これもなかなかよくできていると思う.

 ソフトウェアの世界に目を向けると,デンマーク生まれのコンピュータ科学者である故ブリンク=ハンセン先生が,1976年に,若き日の思い出を綴った短いエッセイ “The Programmer as a Young Dog” を書いておられる:
  http://brinch-hansen.net/papers/
 これは,並列プログラミングの創生記に作られた革新的オペレーティング・システム RC4000 の開発にまつわる裏話をまとめたもの.それによれば,あのユニークなOS デザインの発想は,週末の休日を利用して若いプログラマたちが行ったワークショップ・スタイルの自由討論の中から生まれたものだそうである.これもまた,混沌の中から独創が誕生したYet Another Example だといえるだろう.

 ところで,アイルランド生まれの有名な芸術家たちのほとんどが、その活動の場を故郷を離れたイギリスやフランスあるいはスイスに置いていたのはなぜだろうか.フランシス・ベーコンはロンドン,ジェームス・ジョイスはチューリッヒ,サミュエル・ベケットはパリが活動の本拠地だった.より古い世代をみても,バーナード・ショーオスカー・ワイルド,あるいはジョナサン・スイフトなど,いずれもロンドンを本拠として文学活動を行っていた(スイフトの場合は,ダブリンの教会に職があって.途中で帰国しているが).やはり,混沌から生まれる創作のための刺激がアイルランドには不足していたのだろうか.
 ジョン・フォードと同じくアイルランド系アメリカ人だった故ジョン・ヒューストン監督が撮った最後の作品『死者たち』は,ジョイスの短編集『ダブリン市民』におさめられた一篇の小説をそのままシナリオとして利用している.今回のアイルランド行きの直前にDVDを買って観てみたのだが,この映画に描かれた100年ほど前のダブリンの情景,そして映画のラストシーンにおける登場人物のひとりごと(ジョイス一流の「意識の流れ」表現)がいつまでも心に残った.