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スキルベースのデジタル人材育成策(6) 信頼性は見える化とトレーサビリティから

 2023〜2024年にかけて内閣府が取り組んだ「Trusted Web」プロジェクトがありました。日本政府が世界に向けて提唱しているDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)を具体化する試みです。

 ここで議論されたのは「信頼性のあるデータとは何か」でした。取引は相対で相互の信頼関係がベースとなります。取引がいつ成立したか、データにタイムスタンプを付すことで証明力が発揮されます。

 医療の場合は患者(その家族を含めて)と医療施術側(医師、看護師、検査士、薬剤師etc)が施設・機材と資格を仲介して信頼関係を築きます。データには5W 1H (誰が・いつ・どこで・どのように・何のために)が記録され、術後や療養に活かされます。

 「Trusted Web」プロジェクトでは、トレーサビリティとトラストアンカーが信頼性を担保する、と結論づけました。トラストアンカーとは医療データにあっては医療機関、卒業情報においては教育機関、資格においては当該資格の認定機関などを指しています。

 では求職・求人ではどうでしょうか。

マイナンバーと紐づける手もある

 現状はどうかというと、履歴書、業務経歴書、キャリアシートなどをもとに、面接の一問一答で計るのが主流です。新卒者の場合は「卒業見込み」を所属教育機関が発行しますが、顔写真が付いていなければ”なりすまし”が可能です。要するに書面は自己申告ですので、疑えばキリがありません。

 何せ学歴詐称が疑われる自治体の首長が出るありさまです。ソフトウェア受託開発業における要員のキャリア詐称、資格詐称などは枚挙に暇がないと聞きます。 採用・雇用する側が「見抜く力」を持っていないと……という話なのですが、システム開発における多重下請け構造と発注者の”丸投げ”慣行がキャリア詐称、資格詐称を許容しています。

 だからこそスキルベースだ、と報告書は言っています。

 スキルをどのように”見える化”するか、トレースできるようにすることが大切だとも言っています。となると、ポータル上でスキルをテキストやデータに置き換え、個人IDと紐付けるという手法が想定されるでしょう。そうでなければスキル情報基盤で特定個人のスキルを分析し、アドバイスを与えることはできません。

 情報処理技術者資格もデジタル人材資格も国家資格ですから、法的にはマイナンバーとの紐付けが可能です。国がトラストアンカーとなるので、信頼性はピカイチです。ただマイナンバーとのリンクは個人情報保護とのかかわりや、個人情報にかかる心理的な忌避感を乗り越えなければなりません。

 マイナンバーに紐づけて資格保有者をトレースするのは経歴の詐称を防止するだけでなく、資格と・技能・知見・キャリアを“見える化”して求職・採用を適正化(最適化)するねらいがあります。当該個人からすると、個人情報保護の規定に抵触するかどうか、当該個人が積極的か消極的か、合意するか忌避するかが課題です。

同種・同類の縦連鎖解消につながるか

 本論から少し外れて昔話をすると、メインフレーム中心の基幹業務系アプリケーション開発需要が急増した1980年代後半から90年代にかけて、「100万人のプログラマが不足する」と喧伝されました。「100万人」という数字をどこから生み出すか、通産省(当時)の一室で意見交換をしたことが思い出されます。

 それを解決すべく構想されたのが、シグマプロジェクト(ソフトウェア生産工業化システム)でした。厳密かつ正確なロジックに基づいてアプリケーション・プログラムを生成する世界初の試みでした。現今の流れに託せば、プログラム生成AIの原点と言っていい構想です。同類・同種の連鎖から、異類・異種の協業へが理想とされました。

 それがメインフレーマやレガシー系ITサービス事業者の抵抗で頓挫した結果、ズブの素人に背広とネクタイを着用させ、駅前の便利屋さんで作った名刺を持たせて需要先(ここも要員派遣業)に送り込む2次請・3次請のソフト要員派遣業が隆盛しました。こんにちの受託系ITサービス業の多重下請け構造がこうして形成されました。

 現在、そのような業態は「ソフトウェア・エンジニアリング・サービス」(SES)を自称しています。聞こえはいいものの、実態は単純な要員派遣に過ぎません。その中で非正規就労者が増殖し、経歴詐称が日常的に横行しているとさえ指摘されてます。この歪みを放置すると、AI/データ・セントリックに向けたデジタル変革が足元から崩壊してしまうかもしれません。

 そればかりでなく、産業構造の見地からすれば、同類・同種の連鎖から異類・異種の協業へ転換するきっかけとなることが期待されます。

IT/デジタル人材の偏在を是正しないと

 もう一つ気になるのは、「ITエンジニア7対3」の課題です。

 図10IPAが2017年に公表した「IT人材白書2017」からの引用です。IT技術者の72%がベンダーに勤務し、それ以外(ユーザー企業)に勤務するのは28%という調査結果です。米・独はユーザー側に6割超、加・英・仏は5割超と違いが顕著です。現在もこの状態に大きな変化はありません。

図10 ベンダー企業とユーザ企業に存在する IT 人材の割合

 ITエンジニア(ないし情報処理技術者資格保有者)の7割がITベンダ側にいて、本来なら自製・自営・自衛すべきITシステムを外部に委託している実態をどう変革するかという課題です。これは「DXレポート」(2018年9月)以来の宿題です。

 「7対3」問題が、社会・経済のデジタル化/DXを阻害要因の一つであれば、デジタル人材をユーザー(発注者)サイドにシフトさせなければならない。この考え方は、一定の理解を得ることができます。それが実現すれば、ユーザー(発注者)が自らのデジタル/DXを主導する“あるべき姿”になるだろう(なるに違いない、なるといいな)という考え方です。

 とはいえ、ユーザー(発注者)のマインドが「ITシステムは自製・自営するのが当たり前」「IT/デジタル人材はスキルベースで」に転換するかとなると、これはなかなか容易なことではなさそうです。一方の受注側が現実のビジネスと将来像のトレードオフをどう見るか、人材の採用、配置、人事、処遇、内製・外注のバランス、発注者との関係をスキルベースに転換できるかも、簡単なことではありません。

 これに連動する大学や高校などの教育機関セミナー・講習ビジネス、求人・求職ビジネス、コンサルタント、ひいてはSES事業者や人材斡旋事業者までひっくるめると、強固な壁が幾重も取り巻いています。「スキルベースのデジタル人材」だけでは蟷螂の斧に終ってしまうかもしれません。

 

(IT記者会 佃均)

 

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