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【東洋経済オンライン】「派遣法改正」が生む、IT産業への歪んだ作用 多重下請け構造の中で懸念されるのは?(2)

2016年10月の見通しとなっている施行に向けて、届出制の特定派遣事業者にとっての当面の課題は、今年9月末で期限が切れる「労働契約申し込みみなし制度」――現行派遣法が施行された2012年10月1日から3年間、違法派遣があった場合に受入企業と派遣労働者が労働契約を結んだとみなす猶予措置――がどうなるかだ。さらに改正法の成立から都合3年半の移行期間をどう過ごすかが課題となる。

ITサービス関連の就労者総数は101万人、売上高20兆円(2014年度、インターネット系を含む、経済産業省特定サービス産業実態調査速報値)だ。とはいえ、100万人が派遣で働いているわけではない。

特定派遣該当業務(情報処理システム開発、機械設計、事務用機器操作、ファイリング、調査、財務処理、研究開発、OAインストラクション、テレマーケティングなど)に従事しているのは、このうちざっくり6割、さらにその半数30万人が派遣契約もしくは客先常駐、SES(Software Engineering Service)、再委託、再委任といった意味不明な名目で、実質は派遣で就労していると見ていい。さらにいえば、その2割が非正規(契約、臨時、パート、アルバイト)の就業者だ。

巧みな言い換えと偽装が蔓延

厚労省が把握しているのは「ソフトウエア開発に携わる一般労働者派遣技術者が約4万人、特定労働者派遣技術者は約6万人(2011年6月時点)」だが、これは契約書上の文言で確認される人数(非正規就業者数と厚労省の数値が一致しているのは偶然)。多重下請け構造のなかで、派遣法に抵触しないよう、巧みな言い換えと偽装が蔓延しているということだ。

今回の法改正で当局は実態を精査し厳格に適用する姿勢を示しているのだが、全国に1万社以上、事業所は3万7000以上(2014年度特定サービス産業実態調査速報値)のITサービス事業者を網羅できるとは思われない。施行直後はともあれ、時間が経てば法の目を逃れる言い換えや偽装はますます深化し、税務調査のように年に1件か2件、見せしめ的な摘発でお茶を濁すことになりかねない。

これまでにIT業界内で指摘されている派遣法改正の影響は、

  1. 1.資本金やオフィス面積等の要件と許認可の手続きが特定派遣の届出で済んでいたソフト会社の経営を圧迫する
  2. 2.中小ソフト会社のM&Aが進む
  3. 3.中小ソフト会社は人材教育の意欲を削ぐ
  4. 4.「派遣業」のレッテルで新卒採用が難しくなる
  5. 5.派遣に依存しているシステム開発に支障が出る

――などだ。

資本金が1000万円で事業所が3か所の場合、1000万円を増資したうえ4500万円の現預金を蓄え、オフィスを借り増し・借り換えとなれば、負担は小さくない。費用対効果を見て、事業所を廃止するケースもありうるだろう。結果として派遣型ITサービス事業者の経営統合ということになる。創業経営者の後継者問題と併せて考えると、派遣法改正がM&Aのきっかけになるかもしれない。

人材教育の意欲という点ではどうか。上限3年に達した派遣技術者が派遣先に雇用されることを想定しての懸念だが、これは案じるに当たらない。発注者(派遣受入側)から見れば、「代わりはいくらでもいる」し、IT派遣就業者の大半はその程度の仕事しかさせてもらってない。それに実態として、就業者の技術教育に予算を投じている事業者がどれほどあるだろうか。

実は「どん底」なことに気がついていない

「新卒採用が難しくなる」、「システム開発に支障が出る」という意見については、可能性があるかどうかぐらいで、おそらく実態はこれまでと変わらない。ITサービス業ではひところ「3K」「4K」と自虐的な語呂合せが流行ったが、平均給与は全産業平均より上にあるし、就業者数は増加を続けている。「デモ」「シカ」IT技術者を受け入れることができるほど、業界は甘々。これから開発に支障が出るのではなく、実は「どん底」に落ちていることに気がついていないだけなのだ。

いずれにせよ、上記の指摘は表面的なことばかりで、突き詰めていくと「どうすれば派遣法に抵触せず、より簡易な手続きで実質派遣を継続できるか」に行き着くだろう。ITサービス事業者ばかりでなく、IT派遣技術者自身やIT派遣受入事業者のモラルダウンがいま以上に進んだとき、企業のITガバナンスやITセキュリティはどうなるのか、この国の国際的な産業競争力は維持できるのか、社会・経済の変革を担えるのか。そっちのほうが心配だ。