郵政公社へのサービス提供が大きな話題となったのは2年前の春。以後も着々と市場を広げ、国内契約者数は1,000社、ユーザー数は目標の20万を超えたと推定されている。なおかつ、政府の緊急経済対策を“追い風”に、官公庁からの受注が好調に推移しており、図らずもSaaSが不況に強いビジネスモデルであることを証明して見せた。さて、次の展開としてクラウドコンピューティングはどうなんだろう? 宇陀氏の見解を聞こう。
この記事は、今年7月24日、日本を代表する大手製造業約30社のIT部門担当者で構成する「明日のITを考える会」第11回定例会での講演を中心にまとめたもの。あえて“中心に”と断ったのは、筆者も講演者の一人としてセッションを持ったので、会合の前後に宇陀氏と親しく言葉を交わす機会があったためだ。特に会合後の懇親会では、筆者の目の前に宇陀氏が陣取ったため、あれこれと講演内容以外のこともインタビューすることができた。講演録とインタビューをミックスして編集した。
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宇陀 今日はこういう機会を作っていただいて、本当にありがとうございました。これだけの企業の皆さんに当社のポリシーやサービス、将来展望を個々にご説明にあがったら、1年以上かかってしまいますからね。
で、さっそく今日の私に与えられたテーマ「最新クラウドコンピューティングの動向とアーキテクチャ」なんですが、わたしどもセールスフォース・ドットコムという立ち位置は、グーグルやマイクロソフト、IBMといった企業とちょっと違う。
というのは、当社は基本的にCRMというアプリケーションが基本にあって、そこからITサービスに発展してきた。コンピュータや基本ソフトを作って、それをビジネスにしているIT企業ではなくて、あくまでもITサービス企業なわけです。
その意味では楽天とかヤフーに近い。自分でベーシックな部分をやっていないので、技術的にフリーでいられる。それと最初からB―Bの世界でやってきたので、これからのクラウドコンピューティングの世界では有利かな、と考えています。
要求仕様なし・稼動は2か月後
で、ちょっと本題から外れるんですが、この7月にエコポイントの制度がスタートしました。ご承知のように、政府が認定したグリーン家電を購入するとポイントが付いて、それで政府が指定した商品を購入したり電子マネーに交換できるという制度です。
誰がいつ、どういう製品を購入したのか、それを申請するわけですが、重複がないか、適正かどうかをチェックしなければならない。そのためのシステムが必要だ、という話が5月の末に持ち上がりました。
複数のITベンダーに打診したところ、システム構築に数百億円から1千億円もかかるという。ハードウェアまで含む金額ですし、システムの内容や開発期間の厳しさからいうと、私は日本IBMにいて大規模システムの構築に従事していたことがあるんで、一概に「高すぎる」とは言えないんじゃないかと思います。
ですが来年3月末まで期間が限定されているシステムに、そんな大金はかけられない。それで環境省、経済産業省の方は頭を抱えてしまった。
3週間でプロトタイプ
当社に電話をかけてこられたのが5月28日だったかな? とにかく説明をうかがいましょう、ということになって、お役所の方が当社まで来られて言うのには、仕様書はこれから作ります、発注予算は決まっていません、申請件数はだいたい2,000万件と予測しています。でも7月1日にはシステムを動かしたい、と。ムチャクチャな話でした(笑)。
エコポイントの総予算は3,000億円ですから、中にはポイントだけうまく取ってやろうという人もいるし、二重取りになってしまうケースもあるでしょう。家電量販店など事業者が申請することもあれば、個人がなさるケースもある。
エコポイントを申請した商品が適正な対象かどうか、領収書の確認や製品の品番との照合もあれば、ポイントで交換する商品の申込みも必要になる。けっこう複雑なシステムで、これをゼロから作ったんじゃぁ確かにたいへんだし、第一、7月1日のカットオーバーに間に合うかどうか。
ただ、お話を聞いて、セールスフォースのソフトを使えば、意外と簡単にできるんじゃないかと考えました。というのは、当社のITサービスは場所貸しみたいなものですし、必要な機能は基本的にそろっている。
平たくいうと、インターネットやFAX、プリンター、デジタルテレビなんかを備えた貸し会議室みたいなものです。道路や建物から作るわけじゃない。
それで2、3日、社内で検討して、ご相談があってから4日目に「お受けします」とお返事したんです。要求定義は走りながら考えるやり方で、当社の優秀なエンジニアを投入して、正味3週間でプロトタイプを作りました。それで7月1日に間に合わせた。皆さん、たいへん喜んでいただきました。
官公庁から中小企業まで
何でセールスフォースが複雑な、かなり難易度の高いシステムをたった3週間で作れたかは、あとでお話しするとして、もうひとつ、今回の緊急経済対策がらみでお受けしたシステムの話をします。
それは甲府市の定額給付金システムでして、同じシステムをある政令指定市が作ったら、対象が120万人で予算は3億円だったそうです。甲府市はそんな大きな予算を投入できないし、時間もない。というので、ご相談がありました。
エコポイント申請システムと違って、あまり複雑なシステムじゃない。一定の決まりに従って給付金の受給を管理するだけですので、3日ほどでプロトタイプを作って、URLを市の方にお教えして、現場の職員の皆さんにも実際に操作していただいて、「これでOK」ということになりました。経費はというと、一方が3億円なら、甲府市は300万円で済んだ。
これも皆さんに喜んでいただけて、稼動したあと、市長さんが、「総務省の次官から褒めていただいた」と教えてくれました。郵政公社をきっかけに、今回のエコポイント、定額給付金と、たまたまでしょうけれど、官公庁からのお仕事を予想に反していただいている。
こういうお話をするのは、ある意味ではリスクでもあるんです。というのは、セールスフォースは民間企業を相手にしていないのか、と誤解する方がおられるかもしれませんので(笑)。
決してそんなことはないわけでありまして、正直なところ、官公庁さんのお仕事はあまり利益には結びつかない。ただ民間企業と違ってお名前を出しやすいんで、認知度を高めるには非常にいいんですね。
実際のところでいうと、大手の飲料メーカーさん、宅配便会社さん、部品メーカーさんなどにも使っていただいていますし、従業員50人未満の中小企業にもご利用いただいています。
「国内1千社・20万ユーザー」という目標に近づきつつありまして、今日、ご参加の企業の皆さんにも、是非とも当社のユーザーになっていただけると、米国本社での私の評価もよくなるという次第です(笑)。
セールスフォースの仕掛けというのは、アプリケーションのプロトタイプを短時間で作成して、実際にシステムを操作する現場の方にも動かしていただきながら完成させるのが特徴です。
Javaと比べて生産性が7倍という開発ツールがありまして、それを使うとWebアプリケーションが簡単にできる。ま、簡単とはいってもIT部門の方にとっての話でして、現場のエンドユーザーの方にできるかというと、それはちょっと難しいですけど。
時間も戦略的な経営資源
私が申し上げたいのは、投入予算の大小だけではありません。いかに早く、的確にシステムを動かすか。これが現在のIT利活用に求められているということです。大きな予算を投入して長い時間をかけてシステムを作っているうちに、市場のニーズは変わってしまう。「時間」も戦略的な経営資源なんですね。
エコポイントも定額給付金も、「なるべく早く稼動させたい」けれど、「利用は期間限定」という2つの条件が付いています。期間限定なので、大きな予算を投入できない。
しかし対象となるデータ量が膨大なうえ、情報を提供すればいいというわけではない。受け取ったデータを業務プロセスに沿って処理しなければならない。どうしたってアプリケーションシステムが要る。
そういうシステム化のニーズが、事業所ごとのイベントとか期間限定のキャンペーンとか、どの企業にも多かれ少なかれ、必ずあると思います。これまでは予算と時間の制約で、そういうニーズを本社の情報システムに取り込んで具体化するのは「無理」とされてきました。しかし今はそうではなくなった。
証券業界や業績分析の用語で「ROI」というのがあります。釈迦に説法でしょうけれど、「Returne pn Investment」のことで、「投資回収率」とか「投資収益率」と訳されます。当社がご提案したいのは、「ITのROI」ですが、ここで特に重要なのが時間です。投入した時間は取り返せません。
情報システムの価値については様ざまな議論がありますが、私の考えでは、サービス・インの時点が経営でいう「損益分岐点」に当ります。開発期間はお金が出て行くだけ、稼動して初めて事業に貢献するわけですから。そうすると、開発期間は短ければ短いほどいい。ですが、これまで大規模な基幹系システムは開発に平均18か月かかっていますから、どうしたってROIは低くなる。
もし開発期間を6か月に短縮できたら、損益分岐点がこれまでより丸1年前倒しになって、システムの価値が上がる。3か月なら、もっと価値が高くなるし、その価値は企業の競争力を強化することになるでしょう。1か月なら、1週間なら、と突き詰めていく。これが当社が描くクラウドのメリットです。
個別のアプリケーションで見ると、SaaSとどう違うんだ、ということになりますし、エコポイントのシステムと甲府市の定額給付金システムは見かけが全く違います。でも、実は同じセールスフォースの仕掛けで動いているんです。環境省や経産省、甲府市は、システムを早
く稼動させるという成果を手にすることで、ITのROIを高めることができた。もうすでにクラウドのメリットを享受している、といっていいのかもしれません。