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 施行から2週間目、本庁の中に入ってみたら廊下に人の気配はなかった

 経済産業省が2月27日から取材規制に踏み切った。日中も全執務室に施錠し、取材は課長・室長以上の管理職、場所は会議室に限定してメモを取る同席者を置き、取材の内容を広報室に報告する。原子力関連情報や日米首脳会談の資料が事前に流出したことに首相官邸が激怒し、取材を規制させたということらしい。「機密情報に誰もがアクセスできる状態を放置するのはいかがなものか」という経産省の公式見解については様ざまな意見や指摘があるのだが、記者クラブに所属していない業界紙・誌の記者やフリーランサーは、実質的に窓口が閉ざされてしまう――ことになりはしないか。


1面トップで「経産省 取材限定ルール」を報じた毎日新聞2月26日付朝刊


経産省は「全執務室に施錠、取材対応は課長以上に制限したうえ広報に報告」と決めた

■ 「米国インフラにGPIFを援用」が逆鱗 ■

 毎日新聞2月26日付朝刊の1面トップ。
 「経産省 取材限定ルール/異例の全執務室施錠」、その脇には「米政権 10メディア排除/定例会見 記者会、抗議声明」の見出しが並ぶ。トランプ政権のメディア排除は、これまでの経緯からして“さもありなん”だが、経産省の取材規制は唐突の感が否めない。いったいこれは何なのか。
 このニュースは毎日の特ダネではない。実は2月21日に行われた会見で世耕経産相が発表、翌日付で主要なメディアが一斉に報じた。毎日の記事はその詳細を追いかけた、というのが本当のところらしい。実施日の前日というだけでなく、「米政権 10メディア排除」のニュースがあった
 どのようなルールかというと、
 ?庁舎内の全執務室のドアを施錠して部外者の入室を禁止。
 ?取材対応は課長・室長以上の管理職に限定。
 ?取材対応は会議室で。
 ?その場合はメモを取る職員を同席させ、取材内容を広報室に報告する。
 ?幹部らが自宅周辺で約束なしの取材に応じるのは原則として禁止
 ?やむを得なかった場合も広報室に報告する
 ――という。
 関係者によると、省内に配布された文書にはご丁寧に「取材規制ではなく、情報管理の強化策と説明するように」という注意書きがついているそうだが、かたちを変えた取材規制、報道規制そのもの。フリーランサーばかりでなく、記者クラブ所属メディアも個別に排除されたり選別され、結果として大本営発表と意図的なリークを垂れ流すことになってしまう。管理・監視意識の露骨さにおいて、トランプ政権のメディア排除と通底するものがある。
 毎日の記事によると、「今月10日の日米首脳会談の前に、経産省が作成に関わった資料が政府内での調整前に一部メディアで報道され、問題となった」のが原因という。具体的には某週刊誌がスクープした「米国のインフラ事業に、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資金を投資する」というの情報のことらしい。毎日の記事は「情報管理の徹底が目的で、取材対応に悪影響が出ないよう、柔軟に運用していく」という広報室のコメントを載せているが、さてどうだろうか。

■ 当然だが記者用入館証では解錠できず ■

 取材限定ルールの適用から2週間が経つ3月10日、どんな様子か見るために経産省に出向いてみた。初日こそいくつかのメディアが報道していたが、"その後”の話はトンと聞かない。
 一般の訪問者が入館用のICカードを入手するには、?受付に「どの部署の誰と会うか」を申請し、?受付嬢が当該部署に電話を入れて確認という2段階のハードルがある。筆者は経産省ペンクラブの幹事だった関係もあって、「記者」のIC通行許可証を交付されている。タッチ式の開閉ゲートを通過できるはずだが、さてどうだろうか。
 今回の取材限定ルールは報道関係者が対象。ということは、「記者」のパスコードが通用しないよう、システムが改造されているかもしれない。ゲートで弾かれると警備員から「怪しいヤツ」とマークされるのはイヤなので、人目が少ない(待合エリアがない)地下鉄からの通用口を選んだ。IC入館証をかざしてゲートが開かず、警備員に誰何されたら「1階の受付に行きます」と答えればいい。
 どうかなぁ? と案ずる間もなく、ゲートはあっさり開いた。システムは改造されていない。ということは……。実は筆者は、IC入館証があれば施錠されている執務室の錠が開くんじゃないか、と密かに考えていた。もちろんそのようなことがあるはずはないのだが、ひょっとすると、万が一ということがあるかもしれない。
 向かったのは本館3階。商務情報政策局がワンフロアを使っていて、日ごろから行き慣れている。勝手知ったる何とやらで、万が一、記者の入館証でドアが解錠しちゃったとしても「ヤァ」で誤魔化すことができる。
 フロアに人の気配が全くない。ルール適用前はどうだったか思い出すと、エレベーターホールや廊下に来訪者がいつでもいたものだ。毎日の定点観測ではないのでいい加減な推測だが、「管理職以外のアポなし面接禁止」の効果で、来訪者が激減しているのではあるまいか。
 それはそれとして、記者用のIC入館証で解錠できるか、だ。ドアには「お知らせ」の紙が貼られている。曰く、「エレベーターホール付近の内線電話から内線電話から担当職員を及び出しください」とある。その脇に真新しい装置が付いている。非接触型のカードリーダーに違いない。
 通行証をかざすと、装置の中で小さくカチャカチャと音がする。ICカードであることは認識しているらしい。しかし解錠した気配はない。案の定というべきか、トの当然というべきか。

■ 施策にPDCAが働かなくなる懸念 ■

 さて、今回の取材限定ルールについて、大手の新聞・雑誌・テレビがどのように報道したかといえば、「異例のこと」で「取材規制につながる懸念がある」という点で共通している。しかしそれは一般市民ないし一般読者・視聴者に向けた建前にすぎない。
 大手の既成メディアは「記者クラブ」という枠組みの中で安穏が保証されていいるし、編集委員やキャップは政府や議員、官僚たちとオトモダチの関係にある。全執務室が施錠されようが、取材対応が課長以上に限られようが、基本的に何ら影響はない。
 直接の影響を受けるのは、まず筆者のようなフリーランサー、あるいはかつて筆者が属していたような産業紙・誌だ。一部の産業紙・誌は「ペンクラブ」を組織していて、前述のように筆者も一度は幹事を務めたことがある。ただ専門領域が多彩かつ幅広いため、特定テーマで会見が開きにくい。調査統計の結果や法制度の改変など、当たり障りのない会見(実態は資料の公表と説明)が中心になる。結果、記者クラブもペンクラブも大本営発表の垂れ流しに終始している。
 とはいえ、一般紙・誌にも産業紙・誌にも、さらにフリーランサーにも、「公表だけで記事を書いていたのでは、大本営発表となんら変わらない」と考えている記者がいる。そのような記者は「現在進行形」の情報を引き出し、その背景を探っていく。専門分野を掘り下げているので質問が厳しい(別の言い方すると「重箱の隅」)。詳細を聞き出すには、原課の課長か課長補佐(統括班長)、全体像を聴くには審議官だ。
 これまではアポなし取材が可能だった。というより、アポなしでぶらりと執務室に行き、顔見知りの課長や課長補佐をつかまえて雑談をする。その中でトピックを拾う。あるいは課長や課長補佐は業界の反応を見るための観測気球を上げることができる。あるいは施策を具体化するために、業界の本音を専門記者から聞き出すこともある。これからはそれができなくなる。
 当面は何とかなるとしても、人事異動で担当者が変わった瞬間、双方共にコンタクト先が分からなくなる。記者クラブに所属しているメディアはともかく、専門紙・誌やフリーランサーは事実上、締め出されてしまう。同時に経産省に外部から「本音」が入らなくなって、官民の情報遮断が発生する。机上の空論で施策が形成され、何十億円、何百億円もの税金が無駄になるかもしれない。実態と乖離していることが見落とされ、だけでなく施策にPDCAが働かなくなる懸念がある。
 

記者用通行証(番号などが不正に利用されても困るので)

■ 役人からのリークはなくならない ■

 筆者が霞が関の取材をするようになったのは1980年代の初め。当時は「通商産業省」で、情報関連部局は現在の旧館の3階に入っていた(イイノホール側が正門だった)。課長や課長補佐をつかまえるなら夜8時以後(日中は外に出払っていることが多い)という時代だった。その間隙を縫って、昼間に出かけて課長の机の上やゴミ箱の中を覗いたことがなかった、とは言わない。
 しかし必ず言質を取ったし、「知られちゃったんなら仕方ないから、今夜、来てくれれば話す」と誘われることもあった。阿吽の呼吸で「業界向けの観測気球」の理解のもと、当方も「誤報」になることを覚悟で記事にしたことがある。以後、名称が「経済産業省」に変わってからも、オープン性は変わらなかった。
 2010年の4月から経産省の本館・別館に開閉式のゲートが設置され、ICカード型の通行許可証がないと館内に入れなくなった。来訪者用のICカードを手に入れるには、受付に行き先、担当者名、用件を記入した申請書を提出し、受付嬢が電話で担当者に確認する。さらに入館時にはバッグの中に不審物がないかどうか、確認を受けなければならない。
 顔写真、所属、氏名が表示され、館内では「常に携行し呈示できるようにすること」が求められている。つまり筆者は、館内で通行許可証を首からかけたまま行動している。出入りするたびにカードナンバーと日時が記録され、筆者の入退館ログが追跡されている。
 そのような状況で、一般の来訪者や筆者のような通行許可証保有者が大それた悪事を働くとは思えない。「経産省が扱う機密情報」に誰もが簡単にアクセスできるとすれば、それは「機密情報」ではない。もし本当の機密情報であったとして、それを誰の目にも触れるような状態にしておくことのほうが問題ではないか。
 今回の取材規制を指示した人は、これによってリークが阻止できると本気で考えているのだろうか。インターネットがここまで普及している現在、SNSもあればメールもある。メディア側が要求しなくても、役人(施策担当者)から「流してほしい情報があるんだけど」とコンタクトしてくることもある。
 日刊の一般紙やテレビを賑わす政策トピックスがらみのニュースは、政策立案側の意図的なリークであることが少なくない。実際、筆者の目の前で、役人(政策担当者)が大手メディアの記者にメールを送ったり電話するのを何度も見ている。執務室に記者を呼び寄せる必要はないわけだ。


1階開閉ゲート前の「お知らせ」に問合せ先は大臣官房厚生企画室とある

■ 自分たちから外に出て行くこと ■

 関係者によると、「最初の指示と比べれば、ずいぶん緩くなった」という。「最初は取材対応の案件すべてを事前に広報に伝えるように、ということだったのだが、そんなことをやっていたらかえって煩雑になるという声で、"事後報告で可”ということになった」のだそうな
 「取材に対応するのは、課長・室長以上の管理職」が原則だが、現場では早くも”柔軟な運用”の動きもある。ひそやかだが、施策立案の実務を担う課長補佐クラスの中から、水面下で「課長に任せていたら心配で仕方がない」という声を上がり始めている。取材対応を指示された課長・室長クラスの中にも、「公表された施策については課長補佐でも可」「課長・室長が指定した課長補佐が代行することを許す」といった迂回策を口にする向きもある。
 「今回の規制は一時的なもの」とタカをくくる楽観論者もいるが、情報統制の名で情報公開原則が秘匿の方向に歪められたように、一度できた規制を元に戻すのは至難の技だ。少なくとも全執務室施錠は設備投資をした以上、継続するだろう。産業界の規制緩和を推進すべき経産省が取材を規制する。政策評価も形骸化し空回りする。自ら情報遮断を望む愚に、ああ勘違いだった、と気がついたとしても、「自分たちは誤りを犯さない」という無謬原則が立ちはだかる。 
 もう一つ、皮肉な見方だが、「これを機に若手官僚がどんどん外に出て行くようになるのならば、いい結果を生むかもしれない」という声もある。確かに全執務室の施錠でハードルが上がり、庁舎の中に来訪者が入ってきくくなる。官僚がドアをロックして執務室に閉じこもるなら「そして誰もいなくなった」だが、自分たちから外に出て行けばいいではないか、というのだ。機密を守る云々の前の話ではあるけれど。


そして誰もいなくなった……というようなことにならなければいいのだが