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ソフトウェア・シンポジウム2016雑感 年に1度、会って話すだけでも価値がある、ということ

 ソフトウェア技術者協会(SEA)の正会員としてソフトウェア・シンポジウム(SS)に参加するのは今回で6回目。記事は書けどもプログラムは書けない(つまりソフトウェア技術者ではない)者も受け入れるのは器が大きい、奥が深いのか、基準が甘い(もしくは曖昧)のかはともかく、お陰で多くのソフトウェア工学者の知遇を得ることができた。取材する者・される者の関係を超えて、年に1度、同じ目線でソフトウェアの未来を議論するだけでも価値があるということだが、だからといって「すべてOK」というわけではない。


米子BiG SHiPの小ホールには”懐かしい”顔ぶれが=6月6日オープニングセッション

変わらない景色の安心・安定感

 6月6日(月)、国宝に指定されたばかりの松江城の見物から米子駅に戻ったのは12時過ぎ。SS2016会場である米子BiG SHiP(米子コンベンションセンター)のエントランスホールに余裕をもって入ったのだが、表示されている「2階小ホール」がどこなのか分からない。ウロウロしたあげく、2階通路のいちばん奥にたどり着いた。↖️の表示はあったのだが、階段の物陰で目につかなかったのだ。
 あとから来る人たちも迷うんじゃないか。
 聞けばスタッフの多くが昼食に出かけているという。残った実行委員長の宮田一平氏、プログラム委員長の小笠原秀人氏をはじめ、スタッフ全員が会場設営に手を取られている。中野秀男氏と一緒に鈴木裕信、小松久美子の両氏はUstream中継の準備、栗田太郎氏は参加者の名簿チェックといった具合。誰が指示するでもなく、自律的に協調できるのがSSスタッフの特長だが、反面、スタッフ外のメンバーは「お客さん」なのは他のどこででも見かける。
 持参していたフタッフポロシャツに着替えて、1階フロアで時間をつぶすことにした。場所が分からない人がロゴマークを見て、声をかけてくるかもしれないーーと思いきや、何のことはない、開始15分前ごろから参加者がゾロゾロやってきた。最初の1人2人に会場を案内すれば他の人はその後ろに続く。
 すれ違いざまに挨拶したり姿を確認したのは古畑慶次、佐原伸、増田礼子、高橋芳広、根本紀之、奈良隆正、酒匂寛、西康晴、松尾谷徹、鯵坂恒夫、山本修一郎、牧野憲一、永田敦、小田朋宏、中谷多哉子、米島博司、清水吉男……の面々(敬称・所属略)。レンズ越しに小ホールの客席を眺めると、ソフトウェア工学にかかわる産・学の錚々たる顔ぶれがそろっている。
 メールの交換やSNSで近況を知らせ合っているにせよ、面と向かうのはSS和歌山以来1年ぶりという人が少なくない。オープニングに向けた手作り感満載のバタバタ、形式にこだわらないイベント運営、上下関係を意識させないフラット感、”懐かしい”顔ぶれとの再開etcは「変わらない景色」の安心感を醸し出す。

刺激が新しい気づきに結びつく

 年1回とはいえ、SSは常連参加者の同窓会的な機能を備えている。筆者がSEAの会員として参加するのは6回連続、招待で参加した札幌(2009年)、横浜(2010年)を加えれば8回連続だ。準常連といっていい。そういえば……ということで書き足しておくのだが、今回は松原友夫、岸田孝一、荒木啓二郎、落水浩一郎、新谷勝利、伊藤昌夫、野村行憲、臼杵誠、端山毅といった古株古参の常連の姿が見えなかった。そもそも多忙な人たちなのでのっぴきならない所用が重なっていたりするのは已むを得ない。アイロニー的には「平均年齢の引き下げに貢献した」ということになる。
 同窓会的な機能はSSのような会合にあっては、潤滑油の役割を果たす。「懐かしい」だけなら会話は1時間が精一杯だが、例えばWGでいきなり本題、2日間計7時間の意見交換は難しい。
 「年1回しか会えない人と本音で意見を交わす。その刺激が新しい気づきにつながる」(古畑慶次氏)
 「錚々たる面々の前でプレゼンテーションをする。その反応を実感できるまたとない場」(根本紀之氏)
 会って話すだけでも価値がある、ということだ。

ソフト工学は技術者を幸福にしているか

 今回のSSで、筆者が参加したのはワーキンググループ(WG)11「ソフトウェア開発の現状と今後の発展に向けたディスカッション」だった。2年前のSS2014秋田で筆者が企画したのと同名のWG「ソフトウェアと社会」が設定されたのだが、方向性にやや違和感があった。
 筆者が意見交換をしたかったのは、おおむね次のようなことだ。
 経済産業省の特定サービス産業実態調査を元に、「ソフトウェア業」の従業員数と売上高につて、2004年実績を0とする指標の推移をグラフ化した。従業員数は10年間で1.45倍に増え、1人当たり売上高は3割減っている。平均年齢は10年間で3.3歳、平均年収は6.5万円、それぞれ増えた。企業が利益を確保しようとすれば、従業員の給与を抑制し、比較的高級なベテラン技術者をリストラすることになる。
 SEAではソフトウェアの作り方について、工学的なアプローチが盛んに議論されている。人材育成やチームビルディング、レビューの手法なども、なるほどと納得させられることが少なくない。しかしそのような議論が、ソフトウェア技術者の給与水準を引き上げるのに役立っているだろうか。ソフトウェア工学を習得すれば企業が儲かる、年収が上がるというモデルを作る必要があるのではないか。
 さらに目を転じれば、マイナンバー制度がスタートし、IoT・ビッグデータ・AIが第4次産業革命を起こし、FinTechだの自動運転だのボタン戦争だのが現実のものになりつつある。ソフトウェアを作る前に、作っていいのかという議論をしなければならないのではないか。そろそろソフトウェア以外のことを話さないかーー。

ソフトウェア業の従業員数と1人当たり売上高 2004年を0とする指標の推移

ソフトウェアと社会の議論ができない

 筆者の言葉足らずもあって、「そろそろソフトウェア以外のこと」の意味を十分に伝えられなかったようだった。2004年を0とする指標のグラフがよほど衝撃的だったのか、WGでは「受託型ソフトウェア開発は減退していく」「そう遠くない時期にソフトウェアを自動生成するロボットが登場する」という話題で盛り上がった。それはそれでいいのだが、やはりソフトウェア技術者は社会を見ていないのだな、という諦めに似た印象が強かった。どうやらSEAでは、ソフトウェアと社会の問題は議論できそうにない。
 ということで、筆者の関心事は経済誌や週刊誌など非IT系雑誌に書くしかなさそうなのだが、救いだったのはWG7「要求技術者の責任と社会システムの狭間」があったことだ。リーダーの中谷多哉子氏 (放送大学)は次のようなメッセージを寄せている。
 「ある種のソフトウェアは、導入後に社会に与える影響が大きいが、それにもかかわらず、その影響を十分評価する工学的なプロセスはあまり議論されていない。設計以降の開発は、要求仕様書に基づいて作業が行われるため、社会的に負の影響がある開発を止めたり、あるいは社会教育の必要性を判断したりするのは、要求技術者の責任ではないか」
 そしてWG7終了後のまとめとして、同氏は次のように言う。
 「ソフトウェアが世に与える負の影響と言っても、様々な原因があります。議論をするには焦点を絞る必要があるということ、そして、一つの負の影響は、多様な形で発現する例が見つかりました。タスクフォースを立ち上げて、企業の方々とも議論することで何人かと合意できました」
 もう一つはWG5「ソフトウェアと社会」だったかもしれない。WG5に参加予定だった杉田義明氏(福善上海)との立ち話で耳にしたのは、「サイバーマルクス」という言葉だった。ネットで検索すると「情報資本主義」「共産趣味」「サイバーユニオン」「サイバーリバタリアン」といった言葉が出てくるが、ひょっとするとこれも、いまSEAで語るべき「ソフトウェア以外のこと」なのかもしれない、と思ったりした。