IT記者会Report

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「ソフトウェア・シンポジウム2016in米子」に行ってきた

「魅力あるソフト開発目指して」テーマに

 ソフトウェア技術者協会(SEA)主催による「ソフトウェア・シンポジウム」(SS)が、6月5日から8日までの4日間、鳥取県米子市で開かれた。36回目となる今回は全体テーマ「魅力あるソフトウェア開発を目指して」を掲げ、本会議3日間(実質17.5時間)のうち、ワーキンググループ(WG)に7時間を割り当てた。会期中の参加者は延約400人だったが、学生の参加と40代中堅世代による運営もあってだろうか、若返りが図られた印象が強かった。

会場となった米子コンベンションセンター 愛称「ビッグシップ

米子城趾本丸跡から望む大山(正面の雲中)と米子ビッグシップ(中央右寄りの楕円形)

県庁所在地でない開催地は3都市目

 確認のために記しておくと、最初のソフトウェア・シンポジウムが開かれたのは1980年。ソフトウェア産業振興協会(SIA)の技術委員会(TC)が企画・運営した。会期が12月だったため第2回は1982年2月に繰り延べされ、第3回が1983年6月に開かれて以後、毎年6月開催が恒例となっている。
 1984年の6月にSIAと日本情報センター協会(JIPCA)が合併して情報サービス産業協会(JISA)が発足、次いで翌85年12月にSIA/TCを母体にソフトウェア技術者協会(SEA)が発足したことにより、1986年から1989年までの4回はSEAとJISAが共催した。1990年にSEAの単独開催となったのを機に、地方都市での持ち回り開催となっている。
 これまでの開催都市は、京都、名古屋、長野、仙台、函館、守山、広島、福岡、大阪、盛岡、金沢、高知、松江、弘前、岡山、富山、熊本、新潟、高松、札幌、横浜、長崎、福井、岐阜、秋田、和歌山、そして今回の米子を加え27か所、県庁所在地ではない都市での開催は守山(滋賀県)、弘前青森県)に次いで3都市目。ちなみに筆者は1980年代からSSの存在を承知していたが、関与するようになったのはこの10年だ。2009年のSS札幌でモデレータ、翌年のSS横浜でフォーラムセッションを担当、2012年のSS福井で最優秀論文発表賞(ベストスピーカー賞)をいただいたことがある。
 2011年の秋から6か月ほど、SS2012福井の準備にオブザーバとして参加させてもらった実見でいうと、企画・運営(会場設定、論文査読、プログラム策定、講演者との登壇交渉、ローカルアレンジメント、参加者募集、会期中のメインホールや会議室の設営など)はすべて手弁当・無報酬のボランティアで行われている。なるほど会場の確保や設営をイベント会社に発注すればスムーズだし、運営はよりスマートになることは間違いない。それを承知のうえでSEAの幹事諸氏が「手作り」にこだわるのは、「自分たちの」の思いが強いからにほかならない。

2泊3日とはいえ正味は17時間半

 今回の米子開催がどのような経緯で決定されたのか、筆者は関知していない。ただ前回(SS和歌山)の情報交換会で候補地がいくつか選ばれていた。SS未開催の県が空白の日本地図をスクリーンに表示して、どこがいいか参加者が挙手をする。福島、群馬、鳥取、宮崎、沖縄などの中から、メインホールと小会議室を備えた会場の有無、ローカルアレンジの可能性などを勘案して、今回は米子に決まったということだろう。
 6月5日のプレイベントは別として、本会議は6日から8日までの2泊3日。とはいえ初日は13時から18時まで、2日目は9時から17時まで、最終日は9時から15時30分までなので、正味は17時間半だ。この中に基調講演、地元招待講演、論文発表、ワーキンググループ(WG)、フォーラム、チュートリアル、クロージングといったイベントを埋め込んでいく。イベントをどう割り振るかがプログラム委員会の腕の見せどころとなる。
 今回のプログラムは次のようだった。
 初日:基調講演とフォーラム(2セッション並行)
 2日目:午前=4会場3セッションで論文発表
     午後=11WGと2チュートリアル
 最終日:午前=WG
     午後=地元招待講演とクロージング
 ※詳細はhttp://sea.jp/ss2016/programme.html
 論文発表を4会場3セッションのパラレルで走らせたことで、論文1篇当たりの発表時間が確保された。さらに参加者全員にいずれかのWG/チュートリアルへの登録を促し、論文発表と時間が被らないようにしたことで、参加者の選択肢が広がった。実際、論文1篇当たり5分10分で入れ違いの発表を聞くというのは、なかなか辛い。今回の採択は24篇だったので、1篇10分として240分=4時間だが、これを分割して並列化すれば1篇当たり30分ということも可能になる。「絶対」「最善」はないのだが、ここ数回のSSの中ではよく練られたプログラムだった。

全体テーマを設定する意味があるか

 資料によると、SSが全体テーマを掲げたのは1996年のSS広島が最初らしい。SS広島で掲げたテーマは「地域社会から知域社会へ」だった、と記録にある。その後はなかったがSS2013岐阜で復活し、プレイベントとともに定型となりつつある。
 SS2013:岐路に立つ日本のソフトウェア作り
 SS2014:技術革新
 SS2015:ソフトウェア開発の未来
 SS2016:魅力的な「ソフトウェア開発」を目指して
 プログラム委員長の小笠原秀人氏(東芝)は、「企画する際には、あまり意識してない」という。だけでなく、論文を応募するときやWG/チュートリアルのテーマを提出するときにも、全体テーマに適うかどうかを忖度することは先ずあるまい。さらにいえば、全体テーマがこうだから、が参加動機になるとも思えない。東京ビッグサイトパシフィコ横浜などで開かれる展示会に設定される全体テーマようなものだ。となると、「テーマ設定に意味があるのか」ということになるのだが、終わってみれば「テーマにフィットしていたよな」という感想を持つことが少なくない。
 例えば今回のオープニング・キーノート「オントロジーとモデル理論に基づくソフトウェア開発の品質向上の実践〜上流工程と下流工程の両立を目指して」(和泉憲明氏:産業技術総合研究所上級主任研究員)は、まさに全体テーマに沿った内容だし、フォーラムセッション「ポスト・モバイル社会」、フューチャープレゼンテーション「ソフトウェアの少子高齢化」もその範疇に入る。また、そもそも発表論文の少なからずは「魅力あるソフトウェア開発」を目指す取り組みをまとめたものだ。
 WGはどうかといえば、技術デペンドしていない個別テーマを拾うと、「自律的な成長力の育成」(WG1)、「リスクアセスメントをベースとしたソフトウェアレビュー」(同2)、「要求技術者の責任と社会システムの狭間」(同7)、「ソフトウェア開発の現場と今後の発展に向けたディスカッション」(同11)など、多くが全体テーマに沿っていると言えないこともない。
 意識するとしないとにかかわらず「魅力的な……」にそぐった内容になるのは、論文執筆者やWGテーマ提案者(WGリーダー)の現状認識が一致しているからだろう。ソフトウェア工学、システム理論、組織論、情報社会学などにかかわる研究者や専門家の多くが、同じ思いで取り組んでいればこそだ。
 その意味で別の見方をすると、2013年「岐路」、2014年「革新」、2015年「未来」とあるように、ソフトウェアやITシステムは「一貫して変化し続ける」という本質を備えているのではあるまいか。建前として「開発」と言っていても、実はその内に「保守」といい、あるいは「派生開発」と呼び、または「機能追加」「改善」「改造」と称する作業を含んでいる。SSはソフトウェアにかかわる現在と未来にわたる課題を集約した調査研究イベントだ。来年はより多くの参加者を期待したい。


オープニング・キーノートは「オントロジーとモデル理論に基づくソフトウェア開発の品質向上の実践」(和泉憲明氏:産業技術総合研究所

SS2016の概要は次のとおりでした。

《ワーキンググループ》
1  自律的な成長力の育成
2 リスクアセスメントをベースとしたソフトウェアレビュー
3 不立文字から形式知に〜ソフトウェア保守技術の伝承考える〜
4 チーム活動を外から比較する 〜チーム協働状態を示すチーム貢献係数〜
5 状態遷移を含む統合テストの自動生成<Concolic testingの進撃>
6  ソフトウェアと社会(→WG11と合同)
7 要求技術者の責任と社会システムの狭間
8  Pre-formal ツールを用いた仕様記述の実践と応用
9 アジャイルRCA+SaPIDによる障害分析から対策策定までの一気通貫プロセスの体験
10  サイズ・・見積もってますか? - USDMで仮説見積もりと高精度のサイズ見積に挑戦しよう -
11 ソフトウェア開発の現状と今後の発展に向けたディスカッション
12  D-Case

チュートリアル
1  ソフトウェア開発チームのためのファシリテーション入門
2  パターン・ランゲージの再入門 再利用からクオリティの生成へ

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■申込み数 :115名
■論文投稿数:29(研究論文:8、FP:4、経験論文:11、経験報告:6)
■論文採択数:28(研究論文:6、FP:4、経験論文:12、経験報告:6)
※投稿のカテゴリと採択のカテゴリが変わっている論文が複数あるため、内訳の数が一致していません。

SSでは、毎年、最優秀論文賞、最優秀発表賞、論文奨励賞を表彰しています。
今回の受賞論文と受賞者は次のとおりです。
■最優秀論文賞
[経験論文]大量の状態とイベントを持つプログラムの自動解析とテスト
〜 想定外のイベントを自動テストする 〜
下村翔(デンソー),古畑慶次(デンソー技研センター),
松尾谷徹(デバッグ工学研究所)
[研究論文]VDM-SL仕様からのSmalltalkプログラムの自動生成
小田朋宏(SRA),荒木啓二郎(九州大学
■論文奨励賞
[経験論文]性能トラブル解決の勘所
鈴木勝彦(ソフトウェア・メインテナンス研究会/
株式会社日立ソリューションズ)
[経験論文]週報のテキストマイニングによるリスク対応キーワード抽出
野々村琢人,安村明子,弓倉陽介(東芝
■最優秀発表賞
[経験論文]ゲーミフィケーションを用いた探索的テストの効果報告
根本紀之(東京エレクトロン