IT記者会Report

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コード統一だけで終わらない 超巨大企業が推進するIT戦略

 日立製作所が日本を代表するグローバル企業なのは言わずもがな。同社は足掛け10年でグローバルIT標準を確立してきた。執行役副社長兼CIO・岩田眞二郎氏が「一見すると地味だが、実態は本格的な攻めに備えたIT戦略」と話す実態に迫る。
     (本稿は「IT Leaders」掲載記事を転載したものです)

日立製作所 執行役副社長 兼 CIOを務める岩田眞二郎氏

外部に向けてはCIOでなく「スマトラ

 「社内ではCIOとかCTrO(Chief Transformation Officer)、外部に向かっては“スマトラ”と言っているんですが…」。執行役副社長兼CIO兼CTrOの岩田眞二郎氏は席に着くなり、こう切り出した。スマトラとは2012年度にスタートした「Smart Transformation Project」のこと。「世界に勝てるコスト構造への変革」を旗印とした取り組みで、それと連動したIT施策として一般には、日立グループ全体のコード体系統一が知られている。CTrOとしてスマトラを主導する傍ら、CIOとしてIT戦略を統括する岩田氏。スマトラ(=コスト構造改革)の実行にはITが不可欠との思いで一連の施策を主導してきた。
 同社IT統括本部が作成した「日立グループITパフォーマンスレポート」によると、現在登録されている企業コードは61万件、日立グループの「情報見える化対象」は10セグメント×5地域×5万顧客。整理・体系化してこの数字なので、その前はどこから手を付けていけばいいか、凡人なら呆然と立ちすくむほかなかったに違いない。レポートの冒頭には、「日立の変革をITでリードし、社会イノベーションの実現に貢献する」というIT部門のビジョンのもと、7つの行動指針が掲げられている。具体的には以下だ。
  Think Globally(グローバル視点で観て、触れて、考えよう)
  Create the Next(未来を描き、いままでにないものを生み出そう)
  Simplify & Optimize(ユーザー視点を大切に全体最適を実現しよう)
  Beyond Borders(多くの人と対話し、多様な視点をもとう)
  Act Speedily(スピード感を持って行動しよう)
  Win Trust(信頼を勝ち取ろう)
  Be One Team(チームで一つになろう)
 それを実現するために統一した管理コードは、グループ共通の人財、企業、勘定科目、購買品類、事業部門や子会社単位の商品・製品、部品と多岐にわたる。「でもそれだけじゃないんですよ」と岩田氏は言葉に力を込めた。

出発点はグローバルなガバナンス

 「背景にあったのは、コーポレート・ガバナンスに対するグローバルな要求だった」と言う。エンロン社(2001年12月)、ワールドコム社(2002年7月)と相次いだ粉飾決算を契機にSOX法が制定され、多くのグローバル企業に対応が迫られていた。「さて、と見回したとき、工場は工場、子会社は子会社で独自のITシステムを運用している。取引コードも違えば社員コードも違う。オール日立として部材の一括調達もできない。これはまずい、と」。工場をプロフィットセンターとするのは、創業以来、一貫してモノ作りを最も重視してきた社風の産物でもある。
 日立製作所の中に別々の会社が存在する、ということですか? という問いに返ってきた答えは、「どれを取っても日立ということです」だった。見方によってそれは強みだが、相互に補完し合って協業・協働する時代にあっては機敏さ、柔軟さを欠くことになりかねない。部分最適を改めて全体最適を実現し、同時にコスト競争力を強化する。そのためには、ITの利活用が欠かせない。出発点はグローバルなコーポレート・ガバナンスの確立だったが、検討を重ねるうち、2005年の時点でその看板は「中長期を見据えたIT戦略」に変わっていた。

図 コード体系統一を起点に、グループ経営の可視化を徹底する

まずITシステム部門を変えた

 「2004年当時、日立本社のITシステム部門の仕事はバックオフィス業務が中心でした。工場や子会社から収集したデータをもとに連結決算をまとめたら終わり、みたいな感じ」─。プロジェクトは、そのITシステム部門を戦略部門に変えることからスタートした。
 「当社には重電部門もあれば家電部門もある。電子素材もやっているしITビジネスも年間2兆円規模で展開しています。プロジェクトに必要な人材は、実は社内にいたわけです」。そこで、工場・子会社に分散していたITシステム部門のうち、共通化・標準化を担う部隊を「日立グループのITシステム部門」に一本化した。この組織体制の見直しには、意識改革を促すとともに、改革に対する現場の抵抗を抑える狙いもあったようだ。
 その結果、定常的IT予算(既存システムの運用にかかる費用)は2011年度と比較して、2014年度で133億円の削減、2015年度で160億円の削減と大幅圧縮に成功した。無駄を省き、システムを共通化することで運用コストを低減する。OSSオープンソース・ソフトウェア)の利活用を検討するなど、「コスト低減の余地はまだある」という。現在は国内に約3400人、海外に約1300人が24のユニバーサルITポリシーを共有して活動することで「IT資産の最適化に寄与する戦略的IT投資の確保」につながっている。

2万台のサーバーを統合した

 クラウド、さらにIoT(モノのインターネット)の時代に向けて、コードの統一やシステム基盤の共通化・標準化が必要なのは誰もが理解している。しかし実際に行動に移すのは至難の技だ。日立製作所がそれを成し遂げることができたのは、誰もが分りやすい形で3つの層─「企業プラットフォーム」「経営プラットフォーム」「事業プラットフォーム」─を示したことだ。併せてトップダウンでやること、現場の理解を求めること、現場に任せることを整理した。
 この3階層プラットフォームの取り組みは、じっくり時間をかけながら平行して進めた。ここでは、一気に変更を強いるのではなく、組織(部門)の特性をみて導入範囲を徐々に拡大したことが奏功した。新規に開発したばかりのシステムを捨てろ、とは言えない。「大切なのは、変化する環境に柔軟に対応すること。もう一つは共通化・標準化は8割から9割でいいと考えること。残りの部分は制度や仕組みを変えていけばいい」。
 それを数字で示すと、2004年当時、日立グループが国内に設置していたサーバーは約2万台だった。それが現在はグローバル拠点を含めて国内5つのデータセンターに集約されている。また30万台を超えるデスクトップ端末のうち約10万台がシンクライアントとなっている。OSSの利活用ばかりでなく、アプリケーションシステムの棚卸し、デスクトップ端末をはじめとする就業環境の見直しを不断に行ってきた成果といっていい。
 「デスクトップ端末やスマートデバイスイントラネットに接続する以上、セキュリティ機能は標準化しますけれど、使い勝手もあるので事業現場の自由度は残しています。ですが購買という観点から、いずれ変わっていくのではないでしょうか」。

ワークスタイルも変わる

 昨年から取り組んでいるのはメール、スケジューラなどを含むコラボレーション環境の統合だ。「グローバルにオール日立での協業・協働を加速しようにも、機能や操作性が異なるシステムが混在していては生産性は決して高まらない」というのはナルホドだが、なにせ連結子会社が約1000社、従業員33万人の大所帯だ。
 現場の理解を求めつつ独自のメールシステムをグローバル展開することで、利用者は2015年に19万人に増えた。また社員間・パートナー・協働他社などと情報を共通する「エンタープライズソーシャル・ネットワーク」の活用者は10万人に達している。クラウド対応でワークスタイルが変わりつつある。
 だが、変わらないものもある。それは人材(同社は「人財」と表記)の重視だ。従来は事業部門や子会社ごとに設定していた人事情報データベースをグループ全体で一本化し、33万人の氏名、所属、職位、職種などが統合IDで連携するシステムが動いている。人事コードを統一することで、これまでは「量」だった従業員が「個」として見えるようになり、個々の従業員のスキルや経験といった質の見える化が実現した。それにより地域や事業の特性に応じた適材適所の配置が可能になる。
 「必要なときに、必要な人が、必要な粒度の情報を取得できる詝経営データバンク詝につながり、結果としてサービス化、高付加価値化に結びついていく」。日立といえば重厚長大の代表格。そのイメージが崩れていくような締めくくりだった。


2016年4月以降は、岩田氏からバトンを受けた大森紳一郎氏(左)がCIOとしてIT戦略を統括する