IT記者会Report

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「!」を「革命」と読む笑止 こんなJISAなんかいらない

せめて「情報サービス産業白書」を
自分たちで書いたらどうか

 ソフト業団体の情報発信力が弱いのは今に始まったことではない。なかでも悩ましいのは「わが国を代表する」と自称する情報サービス産業協会(JISA)だ。会長交代から8か月を経ても、何を目指すのか、メッセージが伝わってこない。時代の転機になるかもしれないIoT(Internet of Things)へのコメントもないまま、昨年10月に発表した「JISAスピリット」は失笑を買うばかり。受注単価は下落し、業界の活力はどんどん失われていく。この期に及んでなお「お客様のために」を掲げているようでは、笑止千万ではないか。

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「ソフトウェアで革命を」の前に協会の若返りと運営体制を考えた法がいい

■ 手段が目的に置き換えられる ■

 1月12日、JISA平成28年賀詞交換会が開かれた。その冒頭、壇上に上った横塚裕志・JISA会長は次のように挨拶した。
 「ソフトウェアというものの可能性は無限大で、ソフトウェアがビジネスを創っていく時代になってきました」
 続いてIoTによる自動運転の話に触れたのは、自賠責保険や生命保険はどう変わるか、出身母体(東京海上日動火災保険)の興味の持ちようを反映したものだろう。昨年6月の定例正副会長会見でも、横塚氏はIoTが世の中を変える、という認識を示していた。
 「我々情報サービス産業がしっかり仕事をすることが、ソフトウェアで日本の産業競争力を高めていくこととイコールです。我々の産業が日本の産業を支えていく。こういう時代がついに本格的にやってきたということです」
 「皆さんで“ソフトウェアで「!(革命)」を”と誓っていただいて、新しい年を新たな革命に向けたチャレンジ元年ということで取り組んでいただければと思います」
 (拍手)というわけだが、冷静に聞くと何かおかしい。
 「!」を感嘆符、ビックリマークと言い換えるのはよく知られている。しかし「革命」「おどろき」「きらめき」「ワクワク」などと読ませるのはさすがに無理。さらにソフトウェアは手段に過ぎないし、ユーザー(原発注者)あっての受託系ソフト/サービス業なれば、主体者はユーザーだろう。
 横塚氏の言葉は、昨年10月に発表した「JISAスピリット」(ソフトウェアで「!(革命)」を/一人ひとりに「!(おどろき)」を/お客様に「!(きらめき)を/私たちに「!(ワクワク)」を)を踏まえていることは言うまでもない。発表直後、少なくとも筆者周辺から失笑が漏れ聞こえてきたのだが、立場上、引用せざるを得ないのかもしれない。
 だが、その前にやるべきことがある。非正規雇用者を含めて数十人規模に膨張した事務局の縮小、理事の員数減と若返り、「情報サービス産業白書」を自分たちで執筆すること、全国地域情報団体連合会(ANIA)をはじめとする類似同業団体との関係整理(場合によっては組織統合)、ITサービスにかかわる法制度の点検と再整備など、思いつくだけで大きなテーマがいくつもある。
 余談だが、受託系ソフト/サービス業が世の中を変えた事例が過去に2つある。1つは電気通信事業法ないしVAN(Value Added Network)。インテックの金岡幸二氏(故人)をはじめ日本情報センター協会(JISAの母体の1つ)が全力で取り組んだ電気通信の自由化、コンピュータと通信の融合が、インターネットをベースとするEC/EDI、さらにASPクラウドにつながっている。
 そしてもう1つは技術者派遣のビジネスモデル。業務特性上、客先常駐や出向が已むを得ない場合があるのも事実なのだが、労働者派遣事業法で技術者の派遣が合法化され、利益の根源になっていった。それが「請負」「受託」の意味を変え、変質させたことは間違いない。
 過日、ある地域IT団体の幹部の方に驚かれたのだが、1980年代、この業界で「受託」といえば、ユーザーの要望を聞いて仕様を確定したあとは、折々に途中経過を報告することはあるにしても、一切合切を引き受けることを意味していた。
 それが現在は「発注者の言う通りにシステムを作ること」「異論があっても黙って従うこと」の意味で「受託」という言葉が使われ、実態は派遣=客先常駐で客先の作業指示に従っているのに、契約上は請負、受託という欺瞞がしばしば起こっている。
■ ハイカラな新知識が有用か ■

 筆者は横塚氏に対して特段の因縁も好悪の感情も持っていない。浜口友一氏(NTTデータ)の後、東京海上日動の情報システムを切り盛りした手腕が評価されてのJISA会長。しかも東京海上日動システムの取引先は親会社やグループ会社のみで、外部から仕事を受注していない。業界のしがらみがないとなれば、改革断行の期待は大きい。
 もう1人、期待していたのは副会長に就任した室井雅博氏(野村総合研究所副会長)。野村総研は2015年3月期の1人当り売上高が3,539万円、平均年収は1千万円超、営業利益率は12.7%。受託系ソフト/サービス業の高付加価値化を実践している優良企業の1社だ。しかし1月12日、賀詞交換会の前にロビーですれ違った際、「今年はソフトウェアで革命ですよ」と声をかけてきたのには驚いた。おいおい本気で言っているのか?
 会員企業に希望を持たせるために、未来志向の耳慣れないハイカラな新知識(その多くはバズワードだが)を並べたくなるのは分からないでもない。しかし配慮してほしいのは、舶載の新知識が、会員企業の実務にどれほど有用か、ということだ。口を開けたまま顔を上げて餌(仕事)が落ちてくるのを待つことに慣れすぎて、受託系ソフト/サービス業経営者の多くはそれが体質になっている。自分の頭で考えろ、考えれば分かるはずだ、と言うのは無い物ねだりに等しい。
 もう1つ考慮して欲しいのは、現在の受託系ソフト/サービス業が「これからはIoT」「攻めのIT経営を」と喧伝しても、「所詮は下請けの人貸し屋さんでしょ」と鼻先であしらわれるのが落ち。会員の多くは、下請け(「パートナー」という欺瞞表現もあるが)ソフト会社(IT技術者派遣会社)だと思えばいい。
■ 発注者と受注者が同じテーブル ■

 昨年6月に行われた定例の正副会長会見で、筆者が語気強く「しっかり足元を見据えて取り組むべき」と指摘したのは、例えば、2005~2015年の10年間で受託系ソフト/サービス業の就業者1人当り売上高が3割以上下落しているという問題だ。あるいは売上高に対する外注費比率が30%前後(年によってバラツキがある)で推移しており、かつ多重受発注階層が平均4層に及んでいるという問題(いずれも筆者調査)。
 アベノミクスだ、オリンピックだと見かけの売上高増に浮かれ、そればかりか「多重受発注はあまり行われていない」「多重派遣はだいぶ減ってきた」等の発言は、シラを切っていたのか実態を承知していないのか。他にも重要な課題があるのだが、そうした課題をJISAが曖昧にしてきたのは、会員企業が発注と受注の関係があるからだ。
 発注者と受注者が同じテーブルについて、価額のあり方や案件の丸投げ規制を議論するなどということはあり得ない。技術者の育成やソフトウェア/システム/サービスの品質・安心・安全が重要という認識は共有できても、必要なコストを価額に上乗せする議論に発展しない。
 そのような構図が明確に示されたのは、2005年6月。第6代会長に就任した棚橋康郎氏(当時:新日鉄ソリューションズ代表取締役会長)が、「経営者の仲良しクラブから脱して、お客様の役に立つ産業に」と宣言したときだった。前段はともかく、後段の「お客様の役に立つ」は、それまでのJISAが掲げていた「ソフトウェア/ITサービス業の自主・自立・自律」という目標を取り下げて、「余計なことは考えるな。言われたことだけきちんとやればいい」に転換することを意味していた。
 
■ モノ言わぬ業界団体に成り下がる ■

 2006年5月にJISAが策定した会員向け「情報サービス産業 CSR(企業の社会的責任)宣言十箇条」(JISA行動憲章)は、①社会的役割、②高品質かつ安全性・信頼性、③知的財産の尊重、④法令及び社会規範遵守、⑤透明性の確保、⑥人材の育成、⑦職業倫理の確立、⑧夢とチャレンジなどを謳っている。それもこれも事業者の利益と就業者の年収が増加し、新規参入する事業者や就業者が相次ぐようにするのが目的のはず。その結果として「産業としての社会的地位の向上」が果たされる。そのためにはユーザー(原発注者)や関連産業(ハードウェア・メーカーや通信サービス会社など)に対して言うべきことを言い、助成となる政策や税制を要求する。
 親会社に逆らうなんてとんでもない、というユーザー子会社出身の会長からみたとき、所詮は下請けの集まりである受託系ソフト/サービス業が自主・自立・自律を目指すなどは許容範囲を超えたことだったのに違いない。それでJISA行動憲章には「社会的地位の向上」に類する言葉が入らなかったし、自主・自立・自律を理想とする企業経営者が表立ってではないにしても会長の発言に反発した結果、「お客様の役に立つ産業に」も盛り込まれなかった。
 ところが昨年10月の「JISAスピリット」には、顧客(発注者)第一主義が全面に打ち出されている。モノ言わぬ業界団体に成り下がっただけでなく、受託系ソフト/サービス業の劣化が、また一歩進んだ感が強い。
■ 男社会+大企業病高齢化の弊害 ■

 お金(取引や人月価額)にかかわらないことなら、会員企業間のしがらみも屈託もなく活発な意見交換が行われているのだろうか。例えば新しいビジネスモデルの探求だ。
 浜口氏が会長だった2007年から2015年にかけて、地方の会員(多くは中小規模のIT企業)に焦点を当てた「地域ビジネス(ITの地産地消)」や、ユーザー企業(原発注者)にアプローチすることを目指す「大手ユーザー企業におけるIT調達プロセスの変化」といった専門委員会が設置された。調査結果を活かしてビジネスモデルを変革していこうという前向きな取り組みだった。
 ところがその成果をJISA会員企業が参考にしたり、実務に活かすことは少なかった(ほとんどなかった)ようだ。地域ビジネスの好事例に関しては、たまたま上手く行っただけだろうとか、アイデアがたまたま当たったのだろう、ユーザーに理解があったに違いない等々の反応。所詮は他人事なのだ。どこかの誰かが仕事を取ってきてくれるのに、なぜ苦労しなければならないのか。下請け根性が染み付いている。
 もう1つ、JISAは「2020年までに指導的地位(管理職、ITスキル標準ITSS、ETSS)レベル5相当以上の高度専門職等)の女性比率30%達成」を目指すダイバーシティ戦略を提唱している。しかし筆者の偏見だが、結局は男社会に上手に寄り添う女性を褒め称えることになりはしないか。
 総務省統計局「日本の統計2015」によると、全73職種の就業者の平均年齢は41.5歳、勤続年数は9.3年、平均年収は399.36万円(男437.6万円/女347.5万円)。うち「システムエンジニア」は男615.5万円で勤続11.2年/女499.0万円で勤続9.3年、「プログラマー」は男448.3万円で勤続7.9年/女375.0万円で6.2年、「電子計算機オペレーター」は男410.3万円で勤続10.2年/女289.9万円で勤続9.6年、「ワープロ・オペレーター」は女303.3万円で勤続8年(男はナシ)となっている。年収ばかりでなく、女性は勤続年数も2割ほど短い。総務省の調査から明確に男女格差を読み取ることができる。
 一方、非正規雇用や派遣就労、多重下請け構造における「同一労働・同一賃金」の課題もある。そのとき、総務省調査で鮮明に示されている年収の男女格差をどう認識するのか、ぜひJISAに政策提言をしてもらいたい。
 総じて見えてくるのは、かつてのベンチャー意識を失って「何かあったらどうする」とリスク回避を優先し、書類が整っていれば可とする硬直した官僚的組織、「よきにはからえ」の大企業病、勝ち組意識の一方にある下請け根性のコンプレックス、拭いようがない高齢化の弊害。いま必要なのは、既存体制の破壊にほかならない。