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架橋目撃 都市のダイナミズムと言わずして

 東京・芝浦のタワーマンションの中程に住んで6年になる。今回、の目の前でちょっとエキサイティングな建設イベントが展開された。隅田川橋梁(仮称)架設工事。大型フローティング・クレーンによる水上一括架橋方式だ。以下、聞いてほしいその目撃談。

 書斎の窓際に置いたパソコンのスクリーンからちょっと目をはずすと近隣のマンション群の間から隅田川、勝鬨橋方面が目に映る。ベランダに出ると隣のマンションの横から、東京湾の一部、豊洲方面が見える。上階にある共用施設のViewラウンジへゆくと、今度は隣のマンション群の間から、有明、お台場、レインボーブリッジ、ゲートブリッジ、そして広く東京湾の開口部分を望める。近年この視野の中の発展には目を見張るものがある。報道されているだけで10数本ものタワーマンション建設計画が進行中だ。

川の中央部に釣り上げられた橋梁ブロック

巨大クレーンから始まった

 それは横浜ベイブリッジを越えて、湾岸道路を幸浦方面に下っているときに始まった。たまたま助手席にいて海の側を見ていると、ここで時々目にする巨大クレーンが映った。あの「深田サルベージ建設」のフローティング・クレーン。
 磯子——このあたりの海岸には造船所や重機工場がならび、ここにクレーンが来るときは何か巨大構築物が完成し運び出されるときだ。昔、なんとも変な形の巨大構築物が運んで行かれるのを見たことがあるが、それがあのレインボーブリッジの両端に埋め込まれているアンカレイジだった。
 クレーン下の埠頭を見た。
 あった。
 そこには巨大なアーチ型の橋、その横におなじく橋の部品と想われる構築物が2つ。この形は見たことがある。毎週おびただしく配達される新聞折り込みのマンション広告、それに描かれていた建設予定の隅田川河口の大橋だ。現在の勝鬨橋と似たアーチではあるが、その曲線がちょっとモダンで、上側が外に開いている。左右のアーチを結ぶ梁のような横材はなく、まさにオープンスカイ。これは楽しみだ。

第一幕

 工事は近い、早速Webで探したら工事予定があった。架橋は築地側、勝鬨側、中央と3回に分けて行われ、「水切り」といって、一旦構築物を豊洲先に荷揚げし、翌日そこからフローティング・クレーンで釣りながら一気に隅田川を上って架橋する。もちろんこの間水上交通が規制される。側径間と呼ばれる両側の橋梁ブロックは同じ台船で一緒に運ばれ、架橋工事は一続きに計画されている。ちょっと間を置いてから中央径間と呼ばれる中央のアーチの輸送と架橋となる。
 最初の工事日の前日、レインボーブリッジ袂の芝浦南埠頭公園に行ってみた。その正面、レインボーブリッジ内側の豊洲先ですでに「深田サルベージ建設」の大型クレーンが偉容を誇り、その足元に「深田サルベージ」と双璧の「寄神建設」の巨大な台船があって、左右の橋梁ブロック(側径間)が運ばれていた。「水切り」とは本来は荷揚げの意味らしいが、その作業はここでは接岸した台船の上で行われていた。夕方までに片方の橋梁ブロックが高々と釣り上げられ、翌日の工事のスタンバイ状態となった。橋梁ブロック(側径間)の長さは60メートル。クレーンで可能な最大荷重は3,000トン、このブロックは軽々という感じだった。
 その日の朝は濃い霧だった。早朝6時頃に動きが始まる。まさに払暁、遠くからではやっと見通せる濃霧の中を巨大な構築物がフローティング・クレーンに高々と釣り上げられたまま東京湾から隅田川河口を上る。一種荘厳な光景だった。
 早速工事をもっと近くで目撃しようと、かねて目を付けていた場所へ急いだ。そこは竹芝桟橋、正確にはニューピア竹芝という公園風の埠頭だ。正面に隅田川河口、堂々の勝鬨橋が見える。架橋工事はあっさり終わった。フローティング・クレーンで勝鬨橋の手前、隅田川の中央に高々と釣り上げられた橋梁ブロック(側径間)が築地市場の横にぐっと引き寄せられ、そのままあらかじめ長い時間かけて建設されて来た水上の橋脚の上に下ろされて終了。正味数時間の作業である。川の中央へ向けて飛び込み台のような橋梁ブロック(側径間)を残して、フローティング・クレーンは悠然と豊洲の水切り場へ戻った。

第二幕

 その翌々日、今度は勝鬨側側径間の架橋だ。ちょっと寝坊したら、フローティング・クレーンはもう現地近くにいた。竹芝桟橋へ急ぐ。今回は作業環境が良いのか、築地側よりもっとあっさり架橋は終わった。前回と同じように川の中央部に高々と釣り上げられた橋梁ブロック(側径間)が、今度は勝鬨側の橋脚の上にぴたりと下ろされた。
 よく見ると橋は左右対称ではない。築地側が少し低くなっている。橋の道は築地市場の横から地下トンネルに下って、虎ノ門ヒルズを潜って例の俗称マッカーサー道路となる。橋の接合部分に沢山の人が働いているのが見えた。気持ちがいいだろうなと感じる。日頃「ソフトウェア開発プロジェクトの『見える化』」なんていうことをテーマとしている身にとって、羨ましいという感情が湧き出てくるのはなんとも癪な話である。
架橋が早く終わったので、そのまま竹芝桟橋から巨大クレーンが目の前を悠々と引き上げるのを見上げることになった。
実に大きい。
「富士」という船舶としての名前がはっきり見える。つまり日本一だ。
埠頭横の高層ビルの24階に眺望抜群の中華レストランがある。ランチに寄って店長さんと話をしたら、目の前を通過したクレーンは自分のお店、つまり24階よりも高かったそうだ。クレーンは長距離の自力航行はできないのか、引き船四艘を伴って結構なスピードで移動し、一旦豊洲の水切り場に戻った。次の工事まではちょっと間がある。


第三幕

 いよいよ中央径間と呼ばれる真ん中の工事だ。是非、あの巨大クレーン、そしてあの大きなアーチがレインボーブリッジをくぐるところを目撃したいと思い、水切りの日、終日目を懲らしていた。が、日没までにはどれも姿を現さなかった。
 翌朝起きてすぐに豊洲を見た。朝靄のなか、すでにそこにはクレーンも、台船に載った巨大なアーチも届いていた。夜の闇の中で歴史は進んでしまった。あとから知ったが、荒天で海上輸送に時間がかかり到着が1日遅れとなったとのことである。この日は水切り作業だけで、夕方までにアーチがクレーンに高々と釣り上げられてスタンバイとなった。
 ちょっとチェックが遅れたらもう豊洲の水切り場にはアーチもクレーンの姿も無かった。既にアーチは釣り上げられて静々と勝鬨橋手前、架橋現場へ向かっているところだった。正確には川幅一杯ではなく、その内のりなのだが、巨大橋梁が見かけ川幅一杯にアーチを広げて川を上る様は壮観である。目の前で都市が建設されていくという感じになる。アーチの幅は120メートル、その重量2,600トン。再び竹芝桟橋へ急ぐ。
 中央径間の架橋工事はあっという間だった。TVニュースでは「5時間かけて」という表現だったが、現場の視覚的にはほんの小一時間である。今度は川の中央部なのでまっすぐ釣り上げたアーチを文字通りぴたりと先立つ工事で両岸に設置した側径間ブロックの間に釣り下ろした。両側の接合場所は橋脚上ではなく、言うなればそこから横に飛び出た空中にある。水上に浮いているクレーンで釣ったものに、どうしてこんな精密な工事が出来るのか、文字通りすべてが寸分違わずに出来ていて、動いているのだろう。
 橋の形状は左右対称ではない。精密に傾斜している。川の上、風も決して弱くない、もちろん隅田川は滔々と流れている、河口なので潮位も変わる。どんな物体でも長いロープで釣ればゆらゆら揺れるだろう。まして釣りながら川を上って来たのだ。中央を釣っているのだから一方を動かせばもう一方は反対に動くに違いない。そうした工事を大騒ぎせず、短時間であっさりこなしてしまう、今更ながらのこの領域の実力を知らされる。
 架橋の劇的な瞬間を感じようと接合部分に目を懲らした。中央径間両端の接合部の外側、側径間の上では沢山のヘルメット姿の人が働いている。その小刻みな動きがあるとき全員が中央を向いて、ぴたりと止まった。気のせいか中央に向かって横に整列しているようにも見えた。いわゆる接続の最後の「寄せ」になったのだろう。そしてしばらく後、架かったばかりの中央径間を一人の作業員が駆け抜けるのが見えた。架橋成功の瞬間である。
 もう景観は戻らない。都市の眺めの不可逆的更新、それがわずか一時間ちょっとの作業で実行されてしまう。これを都市のダイナミズムと言わずして何であろうか。

終幕  衰退へ向かっている国の都市でこんな工事ができるだろうか

 翌日豊洲の水切り場を見ていたら、橋を運んできた「寄神建設」の巨大台船が引き上げるところだった。悠然とレインボーブリッジをくぐって行く姿は大迫力、終わった工事には目もくれず、次の現場に急いでいるように見えた。彼らにとってはこんな工事は朝飯前、というよりも年間びっしりと組まれた工事計画のほんの一つだったに違いない。「神25,000II」と名付けられたこの25,000トン積載可能な台船は国際航行可能だそうだ。今回のような工事は海に囲まれた日本のあちこちで、そして世界中であっさりと行われているのだろう。
 昨今日本の抱えた様々な課題を前に「日本は終わっている」「日本は衰退へ」と語る人は多い。しかし、終わっている国、衰退へ向かっている国の都で、こんな工事が行われるだろうか。一方で産業革命以来の景気循環に着目する人々は、日本の「歴史的勃興期」の到来を予測する(※)。そして東京を「過去最大規模の再開発ブーム」と形容する。
街の書店には「東京大改造2020マップ」というようなムックが何種類も平積みで並ぶ。そのページをくると、「東京23区全325件プロジェクトデータ」などの文字が踊る。ほんとに日本はこのまま衰退し終わった国になってしまうのか、あるいは歴史的な勃興を見せるのか、書斎から新しい橋に隠れて見えなくなってしまった勝鬨橋の残像を想いながら、是非是非見届けたいという気持ちになった。
 「深田サルベージ建設」の巨大フローティング・クレーンがレインボーブリッジをくぐって次の任地へ向かう姿は見れなかった。来たときと同様、人知れず夜の闇の中を次の歴史へ向けて移動して行った。隅田川に架けられた全長245メートルの新しい橋の名は未だ無い。


※:嶋中雄二:「これから日本は4つの景気循環がすべて重なる。ゴールデンサイクルII」2013年、東洋経済新報社