IT記者会Report

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活かせ! ソフトウェア・エンジニアリング実証ノウハウ集積体 必ず産業界に役立つIPA/SEC 10年の生産物(下)

2.編み出された全体ソリューション

 これらの文書は一見ばらばらのように見えるが、その実態は網の目のように関連していて、ソフトウェア・エンジニアリングの広い世界に懸命に見通しの良い解を与えようとしている。
 一例として一つの視点ではあるがつぎのような世界を見ることが出来る。ソフトウェア開発の広い世界を考えるときに、全体の背景として「共通フレーム2013」がある。これはいわばソフトウェア作業標準の要素を分解し、整理して網羅的に提示したものだ。その中に、重要な要素としてソフトウェア開発プロジェクトの計測とその結果の反映を推奨する項目がいくつかある。
 その方法論を具体的な形でまとめたのが「見える化本」に相当する。「見える化本」ではさらにソフトウェアプロジェクトの自動計測ツールの活用法を取り込んでいる。また、進行中のプロジェクトを計測するいわゆるインプロセス計測とあわせて、「ソフトウェア開発データ白書」のようなベンチマークデータの活用を組み合わせた方法論を提示している。
 ベンチマークデータの分析は「ソフトウェア開発データ白書」の領域だが、その活用法は、「定量的品質予測のすすめ」、「その続編」でかみ砕いて示されている。「定量的品質予測のすすめ」では、「見える化本」の手法で可視化したデータのその先の扱いが解説されている。また「見える化本」の失敗事例集の一部は、「実務に活かすIT化の原理原則17ヶ条」でも掘り下げられている。
 これらの他に、全体の憲法的存在の「原理原則17ヶ条」、そして先に紹介した「機能要件の合意形成ガイド」「非機能グレード表」といった上流工程を対象とした前人未踏の巨大な作品群といってよいドキュメントがある。
 「ソフトウェア開発データ白書」と「見える化本」の一部は英訳公開され、ほかにも英訳資料は増加中である。

 このように、IPA/SECのアウトプットを次つぎと紐解いてゆくことで、ソフトウェア・エンジニアリングの広大な世界に、実務的な光が見えてくるといっても過言ではない、それだけの知的生産物が、オープンな形で集積されている。
 これがまだ多くの人がそれと気づいていないIPA/SEC10年間のアウトプットの大きな意義である。おそらくその活用の優劣は、この領域の各企業の盛衰を左右することになるだろう。

3.産業界、特に経営層への強い推奨

 IPA/SECに一度は籍を置いた者として、10年間に積み上げられたその空前絶後のアウトプットを、まずは、今日多くの課題に直面している企業経営者、経営幹部に受け止めてほしいと思う。
今日「オープンイノベーション」という概念はとても大切である。どんな企業でも自前のR&Dだけでは限界があり、皆で都合しあう方が有利である。IPA/SECの活動の本質は、国全体の産業界を視野に置いた、国費をトリガとする「オープンイノベーション」の「場」づくりに相当する。
 今日の企業経営に於いてソフトウェア・エンジニアリングへの見識無くして効率的な投資は不可能だ。旧来の仕掛けのままではどうやっても変化に対応出来ないだろう。たとえば、クラウド・コンピューティングアジャイル・コンピューティング、などソフトウェア開発、システム構築の新しいムーブメントをきちんと受け止めて行かねば勝ち残りは難しい。
 以下に、こうした環境の中にあって、ソフトウェア開発に対する積極的な対応にむけたIPA/SECのアウトプット群の受け止め方を提案したい。

1)全体像の把握と自社視点での組み立て
 まず、IPA/SECのアウトプットの全体像を、その物量とともにつかんでほしい。細部にこだわっては全体が見えない。このとき、そのアウトプットの生産にどれほどの手間、コスト、知的資源がかかっているものか推し量ってもらえればその価値への理解が進む。「稀有の書」とか「他では得られない」という言葉があるが、IPA/SECの代替、もっと優れた解の創出、そういうものの可能性を考えてほしいと思う。現実的な方法論として、書籍のタイトル、副題、そして、まえがきと目次、巻末に必ずある執筆者一覧の執筆者所属に目を通し、自社の事業、自らの担当事業との関係を推し量る、というのはどうだろう。
 もう一つのポイントに、IPA/SECのアウトプットは一見すると様々な課題に対し、それぞれの視点からばらばらに作られているように見える点がある。しかしながら、その内容は前述したように全体がネットワークのように結びついている。是非、そこを見通して、自らの視点でIPA/SECのアウトプットの全体像を組み立ててほしいところである。

2)自社課題の優先づけとソフトウェア・エンジニアリング課題へのブレークダウン
 次に、自社の抱える課題に優先順位をつけ、そのうち重要な課題を是非、ソフトウェア・エンジニアリングの課題にブレークダウンしてほしい。これが出来なければ自社の将来は無いぐらいに考え、真剣に取り組んでほしい。

3)自社課題とIPA/SEC生産物のマッピング
 この作業がすすめばそこから、1)の作業結果を受けて、役に立ちそうなIPA/SECのアウトプットを選択し組み合わせることはさほど難しくない。この作業に社内の専門家を動員するのも有用だろう。経営トップであれば、タイトルとまえがき、目次から対応する社内専門家のあたりをつけ、呼び出して特定のアウトプット群へのコメント提出を宿題にするというのも一方法である。

4)一般論から自社個別解へのブレークダウン
 このとき、重要なポイントがある。それはIPA/SECのアウトプットは、持ち寄り、議論され、充分にレビューされたコンテンツをある程度一般化して発表している点である。
 IPA/SECのアウトプット群は個別例や特殊解の羅列ではない。そのアウトプットは少し高い視点から一般化され、そのかわりに再利用可能なように苦心して分類整理され、活用のためのさまざまな工夫がなされている。読んでそのまま自分に適用できるHowToの羅列にはなっていない。活用する立場では、これらを自己の課題に当てはめブレークダウンする必要がある。
 このプロセスがあってこそ、IPA/SECの知的生産物が自己にとってほんとに価値のあるものになる。ここで西欧流であれば「知の伝道者」としてのコンサルタントが活躍する場面かも知れないが、日本ではなかなかそうはゆかない。少々手間がかかろうとも、IPA/SECのアウトプットを咀嚼し自己のものとしていくプロセスは避けられない。

むすびに

 筆者はその職歴の中で、これまで通産省、あるいは経済産業省などが取り組んできた産業振興政策、特にコンピュータ、半導体、そしてソフトウェアに関するプロジェクトの多くがそのプロセスにおいても成果においても酷評され、またIPAの活動に対してすら仕分けの対象になったことはもとより、税金泥棒といわれるような評価があることは熟知している。そのような視点から見て、ここで述べたIPA/SECの産学官連携の「場」つくりとしての活動、ノウハウ、知見の集積体としてのアウトプットはそうした批判の対象とは全く異質ものと断言できる。無視、批判、酷評の前に、その稀有のアウトプットの活用を真剣に考え、ソフトウェアをめぐる昨今の社会状況の転換に活かすべきである、ということを強く訴えたい。