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世界の階層構造について(2)

(承前)

 「苗族古歌」では,次に「和尚さん」たちのうちでだれが最初にやって来たのか,すなわち,この世界の創造者はだれなのかを問題にしている.
 ♪たくさんやってきたというけれど どうなんだろう?
  最初は4人やってきたんだって?
  それはだれとだれ?
  1番目はユーヤン
  ユーヤンはお爺さん
  2番目はロードンヤン
  ロードンヤンは鼻高おじさん
  3番目はフーファン
  フーファンもお爺さん
  4番目はシューニュー
  シューニューは半分人間で半分けだもの
  その4人の中で ほんとに最初にやってきて
  天と地を造り 鬼や人を造り 山や草を造り
  川や藻を造り 虫や蜥蜴を造り
  犬や山猫を造り 水牛を作って田を耕し
  米を炊いて食べることを教えてくれたのは だれ?

 問答歌は次々にそれらしい候補を挙げては,「いや,その人ではない」という否定を延々と繰り返す形になっている.候補として挙げられた名前は順番に;
  1)ジャンワン
  2) マイリー
  3) フーファン
  4) ヤンイー
  5) シェンネン
  6) ウ・シーワン,7) ホーヤー
  8) ウ・シャンニュー
  9) ブーパ
  10) コディ
  11) パイグー
  12) シューニュー
  13) エーホ,14) ボンテ,
 となっている.
 歌の冒頭で紹介された最初の4人のうち,なぜか3番目のフーファンと4番目のシューニューしかこのリストには登場しないのだが,その理由はわからない.

 リストの先頭のジャンワン(姜央)は,苗族神話では人類最初の男(いわばアダム)で,2番目のマイリー(妹留)はその妻(いわばイブ)である.6番目のウ・シーワンは漢字に直すと西王母で,これは漢族の神話では天上世界を統率する偉い女神様.11番目のパイグー(盤古)も漢族の神話に登場する.
 漢族に伝わる中国神話は,夏殷王朝時代に政教一致の国家管理体制の道具としての象形文字が発明されたおかげで,古代諸王朝の政治的理由から勝手に改変され統合されてしまって,ほとんど原形をとどめていない.こうして口伝えで残っている少数民族の神話を読むと,古代に中原地帯で共存していたそれぞれの民族の神話がお互いに交じり合っており,文化もそのように融合していたのではないかと推測される.
 白川静先生の解釈によれば,「南」という漢字は,漢族との戦いに敗れて南方へ去っていった少数民族の残した銅鼓の象形文字だそうである.そうした青銅の巨大な鼓は,ほとんどが高山の頂にある遺跡から発掘されるが,呪術的な「国見」の意味を持っており,「いずれはここから見下ろす土地へ帰ってくるぞ」というメッセージの表現だという.
 13番のエーホ,14番のボンテは,それぞれ漢訳すると,雲霧および水汽であって,雨の多い貴州の山岳地帯に住む人びとが雲や霧あるいは池や川面から立ちのぼる靄などを神格化していたのだろうと考えられる.

 さて,こうして次々に候補者が否定されてしまっていったいどうなるのかと思っていると,突然,2枚の薄い板を重ねあわせた形の「卵」が登場する: 
 ♪はるか昔のそのむかし 草もまだ生えておらず 花もまだ咲いていなかった
  どこにもまだ尖った山などはなく 丘もできていなかった
  おや ここにおかしな薄い卵がある
  みてごらん この2枚の薄い板のような卵を
  きっとこれは東のほうから来たんだ ふわふわと風に乗って
  これがシュウニュウの卵 昔むかしのシュウニュウの卵
  どこのお母さんがこれを生んだのだろう いったいそれはいつのこと?

  いいえ そうではないの
  昔むかしのその昔 シュウニュウさんがそこにいた
  かれは口から糸を吐いて家を作り そのなかに入っていった
  窓も扉も閉ざしたが 部屋の中には光がみちあふれ
  そのまま東のほうに転がっていった
  そして蛹のように眠りこみそのままずうっと眠り込み
  いつのまにか卵になった
  これが年ふりたシュウニュウの卵

 ここで指名されているシュウニュウというのは,歌の冒頭で外の大宇宙からやってきた仙人たちのリストに名前が挙げられているひとり,半人半獣と形容されていた人物である.「半獣」というから虎かそれとも竜かと思っていたら,実は蚕のお化けみたいな存在だったようだ.どうやら古代苗族の人びとは,卵から毛虫そして繭さらに蝶あるいは蛾へという変身のメタファがお気に入りだったように思われる.
 このあと,シュウニュウの卵からパイグー(盤古)が誕生し,卵の殻の1枚が空に,もう1枚が大地になって世界が始まるのだが,トリックスター盤古の孤軍奮闘にまつわるいろいろな出来事が続いたあとに,巨大な蝶のお母さんが楓の樹に12個の卵を生み,そこから最初の人間であるジャンワンやその他の動物,魚,あるいは虫たちが生まれるという筋立てである.
 日本の古代神話を本居宣長平田篤胤国粋主義的に偏った解釈を無視して,苗族その他の東アジアのいろいろな民族の神話と比べながら読むのもおもしろそうだ.たとえば,平田篤胤の「古史成文」.その「神代の巻」の冒頭の文章などを読むと, 外宇宙とこの世界という苗族神話の二層構造とまったく同じフレームワークである.ただし,日本神話の場合には,神々の住む世界(高天原)と人間世界のほかにもう一層,死者の世界(黄泉の国)を備えた3層構造になっていて,この第3層が重要な役割を担っている.神話全体のトーンもそれなりに暗い雰囲気であり,苗族神話の多彩なイメージとは対照的だが,そのあたりはやはり人びとを取り巻く自然環境(風土)の影響なのであろう.
 しかし,ソフトウェア工学の世界に散見される階層構造モデルが,いずれも四角四面であって,苗族古歌のような詩的イメージのふくらみに欠けているのはなぜだろうか?