経済産業省肝煎りで今年春にスタートしたソフトウェア提供サービス「J−SaaS」の利用が伸び悩んでいるという(週刊BCN紙12月7日付)。たまたま(株)ジインズ(山梨県甲府市)の廣瀬光男氏とよく似たテーマで――というか、その解決策につながる話をする機会があった。「いま必要なのは企業の経営管理系システムじゃない、誰もが簡単に情報を発信し共有できる仕掛けだ」と廣瀬氏は言う。同氏の考えるコミュニティサイトとはどのようなものなのか。
どうして分かるの?
――今日は自宅から湘南新宿ラインで新宿。そこで中央線に乗換えだったので2時間半ほどかかりましたけれど、甲府は新宿から電車で1時間半。その気になればたいした時間じゃないんだけれど、なかなか来る機会がない。
廣瀬 そうなんだよね。山梨は通過されちゃう。せいぜいブドウ狩とか信玄祭とか。山梨っていう県は、あまり人が入って来ないけど、出ても行かない。人口の流動が少ないんですね。
――そういえば、明治政府が初めて実施した人口調査も山梨でしたよね。「甲州人別帳」。
廣瀬 あ、そうなんだ。それは知らなかった。
――ま、雑学ですけど。その話を始めると長くなっちゃうから、本題に入りましょうか。廣瀬 そうね。で、今日は何だっけ?
――難しくいうと、今後のソフトウェア提供サービスのあり方。いわゆるSaaS。今年の春にスタートしたJ−SaaSもパッとしない。それでどういうアプリケーションだったらいいんだろう、と考えた。で、思いついたのがジインズだった。
廣瀬 電話をもらったとき、佃さんのおおまかかな取材の主旨を聞いてね、何でオレがこれからやろうとしてることが分かるんだ、って不思議だった。千里眼みたいな人だな、と思ったな。
――どうして、って言われると困るけれど、世の中の流れを見ていたら自ずからそういうことになったんですね。それを廣瀬さんに伝えただけで、以前、ご紹介いただいた都留市のシステムを知っていたからこその発想なんですよ。
廣瀬 「Open CITY」ね。
――行政と地域住民が協働して地域の運営に当たる、っていう仕組み。住民や地域の企業がホームページを作って、それをポータル化して情報を共有する。都留市を取材して、非常に新鮮に感じました。
廣瀬 そのあと横浜市とか枚方市なんかに採用されましたけど……
――現在のユーザー数は?
廣瀬 今は7ユーザーかな。ただ「Open City」は値引きはしないって頑張ってるのと、自治体の税収減でなかなかユーザーが増えない。今年は連戦連敗で……。
――自治体の関心は高いんでしょう? 子育てとか防災とか環境とか、行政と市民との協働はこらから欠かせませんからね。
廣瀬 関心は高いですよ。この前も愛知県のある市に提案を持ってった。そうしたらアイデアを取られて、発注は別の会社に行っちゃった。自治体の調達案件ではそういうこともある、とは思うけど、口惜しいよね。
――そうですか。それは残念でした。
廣瀬 文字通り骨折り損のくたびれ儲け、ってヤツ。受注した会社がOpen CITYと同じ機能のシステムを作れるとは思わないけど。ただね、当社にも反省がある。自治体は専用サーバーを用意しなけりゃならない。導入したら運用の負担も出てくる。だからどうしても高くついちゃうんだよね。それでASP型にした。
――じゃ、反転攻勢に出る?
来年は反転攻勢のつもり
廣瀬 そのつもりです。来年は、いま、別のコンセプトで作っているシステムで攻勢をかける。ところでASPとSaaSって、何がどう違うの?
――あれこれ違いをあげる人もいるけど、ASPIC(ASP・SaaS・Cloudインダストリーコンソーシアム)の河合さん(輝欣氏)は「どっちも同じようなもんだ」と言ってます。総務省が言うとASP、経産省がいうとSaaS。そんな感じじゃないですか。
廣瀬 クラウド、なんていう言葉も流行ってるよね。
――所詮、言葉の違いですよ。わたしはそう考えてます。
廣瀬 佃さんはJ−SaaSをどう見てるの?
――結論から先に言うと、今のサービスメニューでは広がらない。富士通が作った共通基盤の上に様ざまなアプリケーションを乗っけて中小企業に提供して行く、というコンセプトはいいとしても、なぜ財務会計とか人事給与なのかが分からない。
廣瀬 業種と規模と地域を問わず、必ずやらなくてはいけない事務処理だからでしょう?
――業種、規模、地域を問わず必須の事務処理なら、とっくにやっているわけですよ。人手と帳簿でやるか、パッケージを買ってきて、自分の会社のパソコンでやるか、外部の専門家にやってもらうか。なぜSaaSなのか、SaaSでなければならない必然性、合理性がない。J−SaaSの財務会計を使えば税務申告や確定申告が免除されるというんならメリットでしょうけど、結局、サービス料金が上乗せになるだけですからね。それと会計士や社労士の先生とは人とのつながりや地縁があって、簡単には関係を解消できない。パッケージの代理店とも利害が競合する。ゼロからスタートするんだったら、便利かもしれないけど。廣瀬 そうなんだよね。当社も公認会計士事務所に面倒を見てもらってるんだけど、いきなりSaaSには移行できない。過去のデータの引継ぎはどうするんだ、ということもある。
――それと、中小企業には経理や法務の専任事務員がいない。パートのオバチャンとか経営者の奥さんとかが、1人で総務をこなしている。SaaSを使っても人減らしにはならない。従業員が1万人の大企業と20人の中小企業では、効率化の基準が違う。事務の効率が倍に改善するとして、間接部門の従業員が100人いたら50人分になるけど、たった1人の中小企業はゼロにできない。
廣瀬 そりゃそうだ。計算上は0.5人ということもあるけど、実際は1人だもの。
――中小企業が料金を払っても利用するのは、売上げが伸びるとか、取引先が広がるとか。あるいはサービス機能が強化されるとか。SaaSのサービスに、そういうメリットが感じられないと、よし使ってみるか、という気にならない。それにSaaS普及促進員とかITコーディネータにインセンティブがない。
廣瀬 モチベーションとインセンティブをどう設定するか、ですね。役人はね、それが苦手なんですよ。構想はいいんだけれど、予算を取るために高い数値目標を掲げるんだけど、それを達成するための具体策が欠けている。わたしも県に勤めていたとき、机上の空論がイヤで、それで独立した。
――大手の製造業が製販一体システムを作って、そのフロントにSFAとかCRMの仕掛けを置くようになったのは、顧客へのサービス機能で付加価値を高めようということですよ。つまり製造業がサービス業化しているわけです。ところが投資力もIT対応力もない中小企業は、それができない。
「地域」の付加価値方程式
廣瀬 もう一つはね、広告宣伝力。テレビや新聞で大手のメーカーはタレントを使ってコマーシャルを流すでしょ。不況でずいぶん減ったとはいっても、乗用車やビール、化粧品なんかのコマーシャルは流れている。中小企業や商店はそれができないから、存在を訴えることもできない。
――せいぜいホームページと口コミですよね。
廣瀬 その口コミだって、資金力にモノを言わせれば“偽装”することができちゃう。大手のスーパーは力任せで仕入れ値を抑えるし、正社員をパートやアルバイトに代えることができるけど、個人経営のスーパーじゃできない。機械部品を作ってる中小企業なんて、発注先の値引き圧力に太刀打ちできない。いつもギリギリでやってるんだから。
――そういうとき、“顔”が見える、っていうことがすごく意味を持ってくると思っている。つまり値段とか品質だけじゃないっていうことです。”顔”が見えるのが中小企業、個人商店だし、地域じゃないですか。そうなると、〔地域×中小企業=付加価値サービス〕っていう方程式になってくるわけです。
廣瀬 同じ商品で、他の店と比べるとちょっと高いけど、後々のこともあるからアイツから買っとこう、っていうヤツだよね。
――融通を利かせてくれる、とかね。
廣瀬 そういうのを、広い意味でサービスっていうんだろうな。それと同じことを、実はわたしも考えてましてね、今の話で間違っていないんだ、って自信を持ったな。
――いや、わたしも自分だけが言っているんじゃないと分かって、廣瀬さんと話ができてよかったと思います。
廣瀬 ただ、「地域」って言うときね、いったい「地域」とは何なのかを考えておかないと。政治用語の「地域」っていうのは「地方」、都市じゃないところ、つまり「田舎」の言い換えなんだよね。「田舎」とは農村で、住民の老齢化が進んでいて、都市に比べて不便で、過疎だ、と。そういう認識があるから、面と向かって「田舎」とか「地方」とか言うと語弊があるんで、「地域」と言い換えている。
――言葉の言い換えが、意味をあいまいにしちゃうんですね。
広瀬 一般に言う「地域」の対語は「都市」なんですね。だから「地域」という言葉の向こうには農村、漁村、さらにその奥に、僻地、山間部、過疎地という意味が含まれる。それって、都市が是で、田舎を非とする古い認識だと思います。私が言う「地域」とは、一定の数の人がいて、コミュニティが形成されている概念上の領域。
――だから東京にも「地域」はある、と。
廣瀬 私は結局、人だと思うんですよ。地域っていうのは人が住み暮らしている場所なんだから、その地域にいる人が地域そのものでもある、と。〔人×生活=地域〕という方程式もある。〔地域×中小企業=付加価値サービス〕という方程式と並べると、〔人×生活×中小企業=付加価値サービス〕ということになってくる。
――わたしは算数が苦手でね(笑)。要するにその地域の人と事業者が地域の付加価値サービスを生み出す、ということですよね?
廣瀬 そういうことです。もうちょっと突っ込むと、地産地消につながっていくじゃないですか。
――郊外にできた大型スーパーじゃなくて、地元の商店街で買い物をする、というのも、ある意味で地産地消ですもんね。その点でいうと、御社の「Open City」がそのベースになるじゃないですか。
廣瀬 もうさっき言ったように、いまOpen CITYを継承して、そこに新しいコンセプトを入れ込んだ新しいシステムを作っている。地域コミュニティシステムの集大成というと大げさだけど、最初からサービス化を意識して設計したんで、ちょっと自身がある。
――どんなコンセプト? 正式発表前だけど、せっかく来たんだからちょっと教えてくれたっていいでしょう?
廣瀬 いいけど、作っていく途中で機能を変えることもあるから、あくまでも現時点では、という条件付ですよ。
――どういうコンセプトか、でいいですよ。
活性化の基本は地産地消
廣瀬 わたしが考えているのは、「まちの活性化」を実現するシステム。例えばね、今日はいいブリが入ったよ、という知らせがあれば、帰りがけ、その店で一杯呑もうか、という人がいるじゃないですか。行き付けの店もいいけど、たまには、っていうのが酒飲みの心理(笑)。
――わたしはアルコールが全くダメなんですが、気持ちは分かります。どうせ呑むなら、そういう店のほうがいいですもんね。
廣瀬 地域の商店が宣伝する方法は、新聞の折込チラシが一般的でしょ? それで折込チラシを集めて分析してみたんですよ。そうしたら、いちばん多かったのはパチンコ屋ね。次が郊外の大手スーパーとか家電量販店。3番目がドラッグストアとか居酒屋のチェーン店。個人商店はほとんどなかった。
――個人商店には固定客がついてる。だから宣伝する必要を感じないんじゃないですか。
廣瀬 大丈夫、と思っているうちに、大手スーパーやチェーン店にお客さんを取られている。それと折込チラシだってお金がかかりますからね。個人商店はとてもできない。まして中小の製造業は、求人を除けば地域で宣伝する意味がない。
――折込を入れて売上げが倍増するんならね。
廣瀬 農家もそう。スーパーに並んでいるのは、トマトや胡瓜、ナス、長ネギであって、どこの誰が作ったということは分からない。せいぜい産地が表示されている程度。ところが地元の農家が、「今日はいい大根が取れたよ」っていう情報を宣伝できたら、その農家に直接買いに行く人だっているかもしれない。
――愛媛県の内子町にある道の駅がね、それに近いシステムを作ったら、地元の農家の収入が倍増した、っていうんですね。そうしたら都会に出ていた若い人たちが戻ってきた。
廣瀬 内子町ね。わたしも関心があって……。
――行かれたんですか?
廣瀬 いや、そこまではしてません。でも農家がリアルタイムに情報を発信する仕組みが、間違いなく地産地消につながるることが確認できた。それと道の駅の話だと、県内の豊富っていう村の道の駅が、地場の野菜を店に並べてお客さんを集めている。わたしもたまに行って、新鮮な野菜を買ってます。内子もそうですが、豊富の場合は口コミです。だから今度はそういう仕掛けを作ろう、と。
――インターネットの広告?
廣瀬 市民参加型のインターネット広告サイト。広告に限定する必要はないんです。Open CITYで取り組んだ市民活動の情報が載っていてもいい。小学校の運動会、学芸会のお知らせがあったっていい。
――ただね、それならブログだってありきゃないですか。ケータイで写真を撮って、ワープロ感覚で文章を入れれば簡単に情報をアップできる。それとどう違うんですか?
主婦のお小遣いかせぎ
廣瀬 実は簡単ブログのシステムも作ったんです。でもそれだけじゃ、勝負にならない。無料で提供されているブログサービスがありますから。地域のコミュニティサイトに編集する機能が提供できれば、人のネットワーク、つまり地域の口コミサイトができる。
――北海道の江別市でね、市と観光協会、商工会が「江別ブランド事典」っていうサイトを作った。というか、作ろうとした。江別市の名物や名所の情報を発信しようというわけです。ところがなかなかうまく行かない。その話を聞いた呑み仲間が「自分たちにやらせてくれ」と市に申し入れて、作っちゃった。
廣瀬 ほう。それは興味深い話ですね。もうさっきの内子町も取材したの?
――現地に行って、話をうかがいましたよ。江別市でいうと、町のことを本当に知ってるのは、役所とか商工会じゃなくて、子どもたちや家庭の主婦だったりするんです。いつもカウボーイの格好をしている「カウボーイおじさん」とか、中学生ならではの遊び場所とか。
廣瀬 それそれ。まさにそれなんですよ。生活者の目線がすごく大事だし、情報が生で、実感があるからこそ、それを見た人が共感する。行ってみよう、食べてみたい、っていうのは、生活者の共感がなければ生まれない。いま、当社の社内では、とりあえず「個人商店でも手軽に広告ができる地域情報共有サイト」と言っているんだけれど、それは企業内にも適用できるし、同業者のコミュニティにもなる。構造化された数値情報っていうのは、それを補足するだけですからね。
――これからの情報システムのあり方を議論する「21世紀型情報システムを考える」研究会というのに参加しているんですけど、情報の共有というと、どうしてもデータの構造とかコードの標準化の話になってしまう。それはそれで重要なんですが、もっと重要なのは非数値情報じゃないか、とわたしは考えている。人の表情とか肉声とか。それが共有できて初めて信頼感とか安心感が生まれる。
廣瀬 地域にはそれができるんです。だって、アイツとは中学で同級だった、同じ先生に習った、何年前にあった台風のときはこうだった、というように、空間と時間を共有している。だからいくらキレイごとを言ってもダメでね。アイツは野球チームでエラーばっかりしていた、って言われたら、どんなキレイごとも吹っ飛んじゃう。
―変に昔のことを持ち出されるのは、いい面もあり、悪い面もありですがね。でも同じ方言でしゃべって、空間と時間を共有している関係って強いですもんね。
廣瀬 そこにジャスト・ナウのリアルタイムな情報が、同じ地域の人から提供されるわけだから、大手スーパーのチラシより強いメッセージになるんじゃないか。
――インターネットですからね、それを見るのは同じ地域の人ばかりじゃない。内子町の道の駅や江別ブランド事典と同じような効果が生まれるでしょう。
廣瀬 パッケージとして販売もするんですがね。それだけじゃなくて、インターネットのサービスモデルで展開しようと考えている。とりあえず県内は当社が行うとして、千葉とか茨城あたりまでかな。あんまり遠くだと、サポートの手が届かない。
――聞いておきたいのは、運営をどうするか、ということです。SaaS型のサービスシステムはITの領域だけど、ホームページを作ったり更新したりするのは、どうしても人の手を借りなきゃならない。もちろん個人商店の経営者や農家の方ができれば、それに越したことはないけど。
廣瀬 そのことも考えている。わたしはね、そのとき頼りになるのが主婦パワーだと思っている。ちょっと手が空いた時間に、チョチョっとやって、お小遣いぐらいになる。退職したけどまだまだ元気、っていうお年寄りのパワーも使える。
――そういう人はね、何らかの形で地域と関係を持っていたいんですよ。だからお金がほしくてやる人ばっかりじゃない。行きつけのお店でちょっとオマケをしてもらうだけで嬉しくなる。そういう感覚。
廣瀬 ただね、わたしは当社のソフトウェアとサービスを担いでくれた地域の事業者が、どういうビジネスをするかまで口をはさむ気はないんです。新聞販売店が折込チラシの代りとして営業するかもしれない。デザイン会社だったらホームページの作成と更新で利益を得たいと考える。それはそれでいい。
――わたしもそのほうがいいと思います。ジインズはベースになるシステムをSaaSで提供して、それはたぶん契約件数によるライセンス料ということになるんでしょうけど、どのように収益に結び付けていくかは各地の事業者に任せる。むしろジインズは安定したサービスの提供と機能の強化に専念する。役割分担で地域を超えたパートナーシップを組む。
廣瀬 いくらにするか、値段はまだ決めてないんですよ。短期間にどれだけユーザーを獲得するかが勝負だと思っているんです。情報発信者の顔が見えて、地域が元気になるコミュニティサイト。それを山梨から全国に広めたい。そう思ってます。