IT記者会Report

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ソフト開発業務における多重多重下請け実態調査

調査の概要

 このレポートはIT記者会が受託ソフトウェア開発業務を主たる事業とする企業17社に対して、2009年の2月から3月にかけて行ったヒアリングをまとめたものである。2007年度に実施した「大手ユーザー企業におけるIT調達プロセス実態に関するヒアリング/アンケート調査」と一対を成すものであって、ITサービス業務のうち、システム構築・ソフトウェア開発業務における多重取引(多重下請け)の実態を把握することを目的としている。

 ※調査調査報告書は、有償(1部5000円:送料別)で頒売しています。IT記者会事務局(kisyakai@gmail.com)宛に、①事業体(企業・団体)名、②所属部門・部署、③氏名、④住所、⑤連絡先(電話番号、メールアドレス)をお送りください。

 ヒアリングはソフトウェア開発業務の取引について、

  ①取引ポジション

  ②取引価格

  ③契約形態

  ④雇用形態

  ⑤過去に経験した取引トラブル

  ⑥多重取引に対する見解(メリット・デメリット)

  ⑦今次の景気後退の影響・景況感

 ――など多岐にわたる項目を共通とするQ&Aとした。

 なお、本レポートは「中小・零細規模のソフト会社におけるシステム開発案件取引」調査研究の一部を切り出したものであって、これがすべてではない。また諸々のコメントは、当該レイヤに属する企業が多重下請構造や発注サイドに対して、どのような認識を持っているかを示すに過ぎない。

 ヒアリングに当たっては、対応企業名、対応者氏名、取引先企業名、プロジェクト名など固有名称を伏せることを条件とした。またヒアリングを行ったIT記者会担当者名も表示しないこととした。その結果、個々のレポートはやや具体性に欠けることになるが、コメントの裏づけとなっているヒアリング企業の生い立ちやヒアリング対応者の口述表現をできるだけ盛り込んだ。

 対象企業は地方都市と首都圏に本社を置く中小・零細規模(従業員数100人前後)の受託系ソフトウェア企業とし、地方都市分についてはアンケート調査で設定した地域ブロック(北海道から九州までの9区分)に応じ、ほぼ全国をカバーしている。ヒアリング対象企業のうち、アンケートに回答しているのはおおむね半数だった。

取引ポジションの定義

 本レポートにおける「取引ポジション」は、以下のように定義した。

 〔原発注者〕:ユーザー企業(ユーザー系情報子会社を含む)

 〔元請け〕:原発注者と直接契約するポジション(直系子会社を含む):1次請け

 〔中間下請1〕:元請けからの再発注を請け、さらに再々発注するポジション(直系子会社を含む):2次請け

 〔中間下請2〕:中間下請1から再々発注を請けるポジション:3次請け

 〔最終下請〕:中間下請2以下からの発注を請け、さらに外部に発注することが少ないポジション:4次請け以下

契約形態について

 本レポートにおける契約形態は、以下のように定義した。

〔1〕委託(受託):要求仕様書に基づいて積算が行われ、発注者と受注者が案件(システムの構築・運営)について、委託・受託の関係で合意する契約全般を称する。対価は成果物もしくは期間に対して支払われる。

①請負:受注者がシステムの完成に責任を持ち、成果物を発注者に引き渡すことを約束する契約(民法632条)。大規模なシステム構築案件では、全体を一括して請負うケース(いわゆる「SI契約」)、全体を開発フェーズや業務ごとに分割した一部分を請負うケースが一般的。

②委任:システム開発行為を行うことを受注者が受諾する契約(民法643条)。受注者は成果物に責任を持たない。常駐型の場合も要員の就労管理、業務指示を受注者が行う。

③準委任:委任の一種だが、事前に工数が予測できない要求定義、要求仕様などシステム設計フェーズに適用される契約。発注者と受注者が合意した期間について、対価は時間精算方式で精算するケースが多い。

④SES:System Engineering Service。技術者のスキルや技能に応じて個々に結ぶ契約。準委任契約の一種とされるが、「時間精算方式の派遣」という意味合いが強く、多重下請け構造の底辺で採用されている。

〔2〕派遣:受注者が発注者に要員を派遣する契約。要員への業務指示は発注者が行い、受注者は要員の就労管理を行う。要員の就業場所は発注者先、対価は人月単価方式、契約期間は3か月~1か月単位であることが多い。

多重下請け構造に関する知見

 本レポートはシステム構築・運用サービスの多重取引に焦点を当て、国内における実情の切り出しに努めた。ヒアリングを通じて得た知見は以下のようである。

①おおむね4階層とした調査開始前の想定は大きく間違ってはいなかった。しかし株式上場に伴う情報の開示や会計処理の透明化等を背景に、これまで部内取引として扱われてきた親会社―子会社間の取引が、外部企業との通常取引と同様に位置づけられる傾向にある。

②当業界においては「請負」契約による案件受注を「元請」、「派遣/SES」契約によ る受注を「下請」と認識する傾向が見られた。その傾向は「中間下請2」以下の企業に顕著である。

③3階層目「中間下請2」と同等のレイヤに案件を仲介する個人、企業、団体が存在する。

④4階層目に想定した「最終下請」の下に、「契約社員」の名で就業する個人事業主のレイヤが存在する。

⑤「最終下請」のレイヤにおいては、横展開の同業者間取引が広がっている。受注した案件の一部業務について、技術者を貸し借りする関係といっていい。この現象は首都圏ないし大都市圏に顕著である。

⑥多重取引については、(1)営業コスト、(2)資金リスク、(3)要員調達の観点から合理性(必要性)を指摘する企業が多かった。反面、次のような不合理性が指摘されている。

○要求仕様や就業条件、支払条件などが曖昧となり、これが行き違いや技術者のスキルギャップや取引トラブルの遠因となっている。

○取引ポジション上位企業が新規取引口座の開設に消極的なため下請構造が固定化している。

検収終了後の支払い引延しや値引き要請、契約期間中の一方的な解約、契約期間の短期化(3か月から1か月へ)等、下請法抵触の事例が散見された。

○本来は上流工程に適用される時間精算方式のSES契約が、「最終下請」レイヤにおいて派遣契約の新しい形態として一般的になりつつある。

○3次外注と多重派遣の禁止原則がかえって要員調達コストを引上げている。その現象は「中間下請1」「同2」のレイヤで顕著に起こっている。

⑦その他、発注者側のプロジェクト管理能力や原発注者との交渉能力、受注者側の技 術者育成施策、要員調達手法等の問題が指摘された。 

⑧今次の景気後退に伴う受注減について、首都圏および大都市圏の企業は強い危機感を示している。地方都市の企業は、まだ実感を持っていない。ただしそれは調査実施時点での差異である。危機感の一方、多重下請構造の階層が圧縮される可能性や、企業規模を拡大する好機と見る指摘もあった。

⑨地方都市に本社を置く企業の中に、地元ユーザー企業からの直接契約(元請)を主とするケースが散見された。一方、首都圏または大都市圏に本社を置く元請的な企業が、地方に発生したIT需要を吸収して当該地域に還流するUターン、Jターンの取引(いわゆる「ニアショア」)も顕著に起こっている。

オフショア開発が混在した事例も

 より詳細な分析は本レポートの主旨と異なるが、当ヒアリング調査外の知見として、オフショア開発が混在した多重取引の事例を紹介しておく。

  原発注者(ユーザー企業)の現業部門から、韓国製ソフトウェア・パッケージをベースとするシステム構築を印刷会社が受注した。ユーザー企業の情報システム部門が統括していない現場予算で、現業部門が非IT企業にシステム構築を発注したのが、以下につながる多重下請の連鎖と取引トラブルの遠因である。

 元請となった印刷会社は直系の情報子会社に再発注したが、受注した情報子会社(2次)はベースとなった韓国製パッケージの知識がなかったこともあって、原発注者の要求を十分に理解しないまま、外部のソフト会社(3次)に丸投げした。ここでも同様の状態で、仲介料だけをピンハネするかたちで4次、5次と丸投げされていった。

 5次請けとなったソフト会社は受注金額が自社要員の経費に見合わないため、中国の現地子会社を通じてシステムの一部を現地ソフト会社に発注したが、現地でも多重取引が行われた。中国における3次下請企業が当該パッケージを開発した韓国のソフトウェア・メーカーに問合せをしたのがきっかけとなって開発業務が韓国に再発注され、それが当該韓国ソフトウェア・メーカーの日本法人に還流して、日・中・韓の国際的な多重取引が露見した。

 この間に原発注者の要求はほとんど無視され、あるいは個別の解釈が行われたため、当該韓国ソフトウェア・メーカーの日本法人が元請となった印刷会社、原発注者と再度の調整を行わざるを得なかった。その結果、原発注者―印刷会社―当該韓国ソフトウェア・メーカー日本法人―システム開発会社の4段階3階層の契約に整理され、システム構築が完了した。

 原発注者は、日・中・韓の間を仕様書と契約書が回覧された時間的損失に加え、経済的な損失を被ったことになる。ただし事後の調整で元請となった印刷会社が原発注者の経済的損失を補填し、また国内2次以下の企業および、中国2次、3次企業は開発コストの全額回収を断念せざるを得なかった。事後、当該韓国ソフトウェア・メーカー日本法人が追跡したところ、国内で5次、中国で3次、韓国で2次の計10次におよぶ多重取引だったことが判明した。

調査報告書について

 当ヒアリング調査でも、「中間下請2」レイヤ同等に位置する「仲介者」が、非IT企業であったために原発注者ないし元請の要求が正確に伝わらず、また要員の手配や支払いにトラブルが発生しかかった未遂事例がある。そのようなことは元請、中間下請1のレイヤでも決して珍しくない範囲で起こっていると想像される。

 受託ソフトウェア開発業17社のヒアリングレポートを含む調査調査報告書は、有償(1部5000円:送料別)で頒売しています。

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