IT記者会Report

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ITエンジニアの長時間労働 実は契約の問題だったりする 

■ 「人月」の呪縛と安定がまた一歩「奴隷化」に近づくんだよね■

 政府が「人月」の呪縛と安定がまた一歩「奴隷化」に近づくんだよねする「働き方改革」の一環として、同一労働・同一賃金と長時間労働の是正が政策課題となっている。法令で罰則付きで時間外労働の上限を設ける方向が固まっているようだが、受託型ITサービスの領域に限ると、企業の自主努力では容易に達成されそうにない。なぜならITエンジニアの働き方は就労規約でなく、取引先との契約で決まっているからだ。

■ 能天気に忘れてしまった「◯K」 ■

 10年ほど前、「IT業界は3K」と呼ばれたことがある。現今の「ブラック」と違って、揶揄や自嘲に近い意味が含まれていた。Kが何を指すか、バリエーションは様ざまだが、衆目の一致するところ、おおむね「きつい」「帰れない」「給料が安い」の3項目だ。
 いやそれだけじゃない、「結婚できない」「気が休まらない」「厳しい」「キリがない」「休暇が取れない」「規則が厳しい」「化粧がのらない」「心を病む」「雇用が不安定」、「子供を作れない」「経費が自腹」、「過労死」……etc.会合で業界団体の代表や経営者が自虐ネタで笑いを取るシーンも少なくなかった。
 最近、「○K」を耳にしなくなったのは、問題が解決したからではない。流行り言葉と同じで、飽きたということだ。要するにガス抜きが終わっただけのことで、いつの間にか業界団体も経営者もエンジニア自身も能天気に忘れ去っている。
 「きつい」は就労状況か技術か対人関係か特定できないのでさて置くとして、「帰れない」は就業時間、「給料が安い」はそのものズバリ。つまり長時間就業で低賃金ということなので、政府が提唱する「働き方改革」の対象となる業種・職種のトップグループに入っていい。
 「日本を代表する唯一かつ最大」を自称する業界団体・情報サービス産業協会(JISA)は、昨年9月、働き方改革推進委員会をスタートさせている。具体的には「ワーク・ライフ・バランスと生産性の向上」を目的に、(1)長時間労働の抑制、(2)年次有給休暇の取得促進、(3)柔軟なワークスタイルの追求、(4)健康経営施策の推進、(5)働き方改革の推進に向けた情報サービス産業、顧客、行政などへの働きかけーーに取り組む、という。
 併せて同協会は「2020年までに指導的地位の女性比率30%」を目指す「JISAダイバシティ戦略」を掲げているし、ややピント外れながら、ソフト製品の開発・販売、ネットサービスの業界団体・コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)は「コンピュータソフトウェア業高齢者雇用推進ガイドライン」を働き方改革に結びつける考えを示している。

■ 厚生省の統計って何か違うよね ■

 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」平成27年版の職種別平均値を見ると、システムエンジニアの月間所定内実労働時間は150.2時間、月間超過実労働時間(残業)は20.8時間、月間実労働時間は171.0時間、年間収入は592万3千円となっている。
 調査対象127職種のうち、平均年齢は108位、勤続年数は25位、月間所定内実労働時間は124位、月間超過実労働時間は27位、月間総実労働時間は103位、年間収入は17位。全産業の中で比較的若い人が多く、就労時間は短く、給与は高いことになる。
 プログラマはどうかというと、月間所定内実労働時間は161.9時間、月間超過実労働時間は17.2時間、月間総実労働時間は179.1時間、年間収入は408万4千円となっている。調査対象127職種のうちで平均年齢は124位、勤続年数は52位、月間所定内実労働時間は92位、月間超過実労働時間は45位、月間総実労働時間は70位、年間収入は63位だ。システムエンジニアと比べ、平均年齢はより若く、所定内実労働時間は長いが超過実労働時間は短い。
 対象は127職種、その半分は64なので、システムエンジニアなどIT関連5職種の就労者は、総じて若い人が多く、就労環境を見ると所定内実労働時間は短く、年収は高いほうに位置している。これを見る限り「3Kなんてとんでもない」のだが、にもかかわらず長時間労働と低賃金の代表格として扱われる。厚労省の統計は「何か違う」の感が拭えない。

■ 全体の1割の集計が「?」の原因 ■

 厚労省の統計は実態を反映していないのではないかーーといって筆者は、多くのITサービス企業が労働基準法に抵触しているのを隠蔽していると言っているのではない。厚生省の統計は、「回答があった限り」の事実ということだ。
 調査対象となった人数はキーパンチャーワープロ・オペレータを合わせて9万6,662人、いわゆる「ITエンジニア」に属する人は9万318人に過ぎない。
 経済産業省の「特定サービス産業実態調査」平成27年版によると、ソフト業は1万5,098社で66万8,974人、情報処理サービス業は7,798社で29万3,990人、インタネットサービス業は1,770社で4万6,913人、合計2万4,666社・100万9,877人で、厚労省統計はその1割に満ちていない。
 厚労省統計には、全体の9割がカバーされていない。ばかりでなく、この種の調査に積極的に回答するのは大手企業が中心であることからすると、厚労省統計はごく一部の大手企業の回答を集計したものと考えていい。それが「?」感を醸し出す原因の一つに違いない。
 では厚労省統計から漏れているITサービス業9割の企業群はどのような立ち位置にいるかといえば、つまり下請けの中小零細事業者であって、取引上弱い立場であるために自助的な経営努力で従業員の待遇を改善することが難しい。そこに勤めているエンジニアこそ、「働き方改革」の対象にならなければならないのだが、統計による限り「長時間労働はないし、給与は低くない」という結論が導かれる。

■ 契約した時間分しか払わない ■

 ここで強調しておきたいのは、ITエンジニアの就労環境は、ITサービス業における取引関係、なかんずく多重下請け構造の中での契約に深く関わっているということだ。取引先(受入れ側)との契約が請負であれ派遣であれ、人月ベースである限り、契約で月当たりの規定実労働時間と、対価を支払う対象となる超過実労働時間が定められる。
 例えばエンジニアの基本料金は月65万円、規定の実労働時間は160時間、超過実労働時間は20時間という具合だが、これは受入れ側がトータル180時間内に納める(月間総実労働時間が180時間に達したら就労させない)ことを意味しない。請負契約であれば仕事の進め方も勤怠管理も、請負った側が管理するのだし、派遣契約であっても労務管理は派遣した側の責任だ。
 160時間の実労働で65万円を約束するが、対価を支払う超過実労働時間は20時間までで、それを超えた場合は支払わない、という意味だ。別の言い方をすると、発注側(受入れ側)は超過実労働時間20時間を織り込み済みで上限の人月価額を設定し、そこから規定時間の月額を算出することになる。
 受入れ側(発注側)の言い分は、「人月契約で出向または派遣されてきたエンジニアが何時間残業しようが、それはエンジニアが勝手にやっていること、能力がないからで、当方の知ったことではない」ので、業務報告書には契約内容を超える残業時間を記録しないように、と求めてくる。取引上の上下関係が、契約の名の下でサービス残業を強制する構造を作っている。
 実際は月間総実労働時間が200時間を超えていても、取引先に提出される報告書には180時間と記入され、それに基づいて対価が支払われる。ITエンジニアの長時間労働は「なかったこと」になっていく。

■ とりあえず諸悪の根源は「人月」 ■

 政府は長時間就労の是正に関連して、超過実労働時間の上限を月60時間に設定し、これに違反した事業者には罰則を課す考えを示している。ただしそれが適用されるのは正規雇用者であって、非正規雇用者や下請事業者の就労者への波及効果は見通せていない。かつ「人月」がベースである限り、長時間労働と低賃金の実態は「契約」の名の下に隠されてしまう。
 社会的ないし取引関係で優位な位置にある大手企業が、自社の正規雇用者の超過実労働時間を減らせば、そのしわ寄せは非正規雇用者と下請け事業者にかかっていく。アベノミクスの恩恵が大企業にとどまっているのと同様、政府の働き方改革は大手企業の正規雇用者の就労環境を改善するかもしれないが、「同一労働・同一賃金」が非正規雇用者と派遣社員に適用されない以上、下請け会社の雇用者は奴隷状態に追い込まれていく。
 とりあえずの結論として、諸悪の根源は「人月」にあるのだが、「人月」で仕事に就いている総てのITエンジニアが裁量労働制に移行できるはずもない。といって、裁量労働が格上だとか最善だとか、プロとして当然の働き方だ、などという気は無い。
 となったら、システム設計やコンサルティングなど、いわゆる「上流」「超上流」に従事できるよう、個々のエンジニアが自助努力に精進するか、出向・派遣エンジニアに指示を出す「勝ち組」に回るか、あるいは茹でガエルのままどっぷり安定感に浸るかだ。
 その一方に、「人月」は裁量労働制の別名で、規定労働時間や残業代支払い対象時間の規定は「料金算出の基準」とする考える方もある。所詮、受託型ITサービス会社は自立することを放棄したのだし、ソリューション、インテグレーションといった言葉を不用意に、もしくは意図的に拡大解釈し、さらに派遣を受託と言い換えることで自身をごまかしてきたのだから、奴隷化を食い止めることはできない。つまり今さらなのである。
 とりあえずの結論として、諸悪の根源は「人月」にある。ところが「人月」で仕事に就いている総てのITエンジニアが裁量労働制に移行できるはずもない。茹でガエルのまま、どっぷりぬるま湯の安定感に浸るのか。
 ま、どうでもいい話なのだが、ちょっと気になった、というわけだ。