IT記者会Report

IT/ICTのこと、アレヤコレヤ

ベスト・プラクティス?

 6月末にアイルランドのダンダルクで開催される EuroSPI2013 だが,「20周年を記念して例年3日間の会期を1日延ばして何人かに記念のキーノート・スピーチをしてもらう.お前も何か話せ」というリクエスト・メールが飛んできた.ありがたく招待をお受けして “Innovation of Software Process for Future” というタイトルだけはとりあえず送っておいた.内容はこれからゆっくり考えることにしよう.
 この会議は,いわゆる “SPI” (ソフトウェア・プロセス改善) の会議として始められたのだが,最近では,議論の対象を “Software, System and Service” に拡張し,そのプロセスをめぐって “Improvement and Innovation” の問題を考えるという形に変ってきた.参加者はもちろんヨーロッパの人たちがほとんどだが,ブラジルなど南米からの参加も少数ではあるが交じっている.アジアからは日本人だけで,まだ中国の影は見えない.

 わたしがここに関係したのは,2006年の春にレス・ベラディさんからブダペストでのソフトウェア・フォーラムに招かれたのがきっかけだった.そのとき EuroSPI の企画・運営に携わっている ミクロス・バイロ先生と知り合いになり,その年の秋にフィンランドの大学街ヨエンスウで開かれた EuroSPI の基調講演を依頼されたのが始まりだった.
 それ以後,2007年(ポツダム),2008年(ダブリン),2009年(アルカラ),2010年(グルノーブル),2011年(コペンハーゲン),2012年(ウィーン)と連続して参加することになった.2009年の会議では、伊藤昌夫さん(ニルソフトウェア)と2人で「プロセス最適化」についてのチュートリアルを行い,また「プロセス・マニフェスト」制定のワーキング・グループ討論にも参加した.日本からの参加者も最初はわたし1人だけだったのだが,年々ふえてきて,去年のウィーン会議には10人近くを数えている.

 アイルランドへ行くのは,2008年のダブリン会議以来2回目である.ダンダルクのことは何も知らない.そういう見知らぬ街を訪問できるというのが,こうした国際会議の魅力のひとつだといえよう.北アイルランドとの国境に近いところで,ダブリンの空港からは列車またはバスでアクセスすることになる.アイリッシュ・ウィスキーの醸造工場があるらしい.会議場はそこの工業大学,宿はどこになるのか.郊外には古いお城を改造したホテルがあるとガイドブックには書いてあった.
 このあいだ,別の用事で入った書店で,「アイルランド紀行 – ジョイスからU2 まで」と題された本(栩木伸明著,中公新書)を見つけた.「世界で言葉が最も濃い地」と帯のキャッチ・コピーに書かれている通り,数多くの小説家や詩人、歌い手にまつわるエピソードが散りばめられた楽しい書物だった.観光ガイドとしての情報も豊富.先年の会議の合間にちょっと覗いたトリニティ・カレッジ図書館の有名なロングルームやケルズの書についてもいろいろ教えられた.ギネス醸造所ビジネスセンター最上階のバーには,せひ足を運ばなければと思う.

 アイルランドという国名から,W.B.イェイツやジェームス・ジョイスの名前はすぐに連想されたが,ガリヴァー旅行記ジョナサン・スウィフトオスカー・ワイルドまでは及ばなかった.さらにサミュエル・ベケット,わたしはすっかりフランス人だと思い込んでいた.
 ダブリンの中心に位置するメリオン・スクエアは,市内散歩の途中で足を踏み入れたはずなのだが,そこにオスカー・ワイルドが残した数々の警句が刻まれた石碑があることに前回まったく気づかなかったというのは,わたしらしくもない失態であった.いわく:

 ――あらゆる芸術は表面であると同時に象徴である.
 ――話題になることより悪いことが1つだけある.誰にも話題にされないことだ.
 ――軽率ほど無垢にそっくりなものはない.
 ――他人に同意されると,わたしはいつも,自分が間違っているに違いないと考える.
 ――お育ちのいい人は他人と衝突する.賢い人は自分と衝突する.
 ――人生は複雑ではない.わたしたちが複雑なのだ.

 わたしが一番気に入ったのは:

 ――経験とは誰もが自分の誤ちにつける名前である.
 ソフトウェアの世界では,なぜか「ベスト・プラクティス」というアイデアがもてはやされており,「経験に学ぶ」ためにそれを収集してデータベース化するという試みがなされているが,大きな間違いであろう.ベスト・プラクティスが達成されたのと同じ条件を再現することは至難の業である,むしろ数々の「ワースト・プラクティス」を分析し,それらの失敗事例と同じような状況に陷らないように心がけることのほうが,たやすい.「経験に学ぶ」というのはそういうことだと,名作「ドリアン・グレイの肖像」を書いた鬼才は警告してくれているのだった.