IT記者会Report

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森田 均氏(長崎県立大学教授)

〜長崎・五島に100台のEV車〜 2011年06月15日 08:35 登録者 つくだひとし
 「長崎 EV & ITS」は,電気自動車(EV:Eelectric Vvehicle)と 高度交通システム(ITS:Intelligent Transport Systems)を融合させ、五島列島における地域活性化と観光開発の支援を目指すプロジェクトだ。「未来型ドライブ観光」の創出を目指して、「観光情報プラットフォーム」の構築を進めている。構築するモデルやシステムは持続可能な運用を目指して地域における世代間交流、住民参加によるワークショップや産官学の協力体制を強固にするワーキンググループ会議の開催を重ねている。「電気自動車と暮らすまち」五島を観光支援・地域活性化支援型の地域 ITS モデルとして標準化を図る「島から世界へ発信する次世代EV社会モデル」の今後を展望する。


なぜ五島でプロジェクトを始めたか

森田 こんにちは、森田です。いつもは大教室でも地声でやっているんですが、今日はYouTubeの関係もあるようですので、マイクを使います。
 いまわたしがいるのは情報メディア学科でして、いわゆる文理融合型の研究をやっています。わたくしは文科系の出身でして、学生時代、いまから三十数年前ですけれど、文学部で初めてパソコンを買いました。大学生協でパソコンを月賦で買い求めまして、そうしましたら「文学部の森田が買ったぞ」という話がわ〜ッと広まって、色んな人が訪ねてきました。使い方を教えろというのかなと思ってましたら、そうじゃないんですね。「そんなことをするくらいなら、ラテン語のひとつも覚えたらどうだ」と。余計なお節介でありますが(笑)、その後、ドクターは工学部で取りました。今はどうかといいますと、教員審査ですとかになりますと社会学で受審しておりまして、文学、工学、社会学というのがわたくしの守備範囲です。
 で、今日のテーマであります「電気自動車と高度交通システムで実現させる未来型ドライブ観光」ですが、何でこれが長崎なのか、ということからまいりますと、「長崎EV&ITS」、通称はアルファベットを続けて読んで「エヴィッツ」です。これがベースとなっています。EVはご存知のように電気自動車、ITSは高度交通情報システム。この両方を組合わせて地域の観光産業を振興しましょう、というプロジェクトです。できればエヴィッツが新しい長崎名物になりたいなあ、と考えています。
 ご覧に入れるのは、昨年、韓国の釜山でITSの国際会議がありまして、プレゼンテーションをやったときに作ったジオラマです。ここに示されている設備は実際は五島列島、上島と下島に置かれていまして、風力や太陽光で発電してEVに充電したりマグロを養殖したり生活に使ったり、その一方でEVのカーナビに無線の双方向通信で情報を送りましょう、と。それによってエコアイランドを実現しましょう、というわけです。ここにEVを100台集めまして、プロジェクトを開始しました。ですが、なぜ五島なのかからお話ししないといけないと思います。テーマが観光ですので、五島の観光地の写真を散りばめて進めてまいります。
 長崎県といいますのは、本土部分と五島、その北は対馬がありまして、その他の離島で成り立っています。五島列島の人口は6万2500人、国内最長の海底ケーブルで本土とつながっていまして、そのケーブルで島に電力が供給されています。エヴィッツ・プロジェクトは長崎県の長崎EV−PHV構想の一環に位置づけられていますが、同時に国が離島活性化地域に選定した8都道府県、長崎県は西日本で唯一となっています。です。県面積の4割を超える離島の人口減に歯止めをかけることと雇用の創出が目的です。
 着目したのは観光産業です。レンタカーで観光してもらうには、カーナビが要る。ありきたりのカーナビじゃなくて、五島ならではのシステムにしたいと考えたわけです。どういうことかといいますと、例えば五島の教会、これはユネスコに登録されている文化遺産ですが、今でも島の人たちの生活の中で生きていまして、村落ごとに一つ教会がありますので、観光の方が訪れたとき失礼なことがあってはいけない。観光客の方に振舞い方を教えるようなナビゲーションをしなければならい。
 それと長崎というと、キリスト教キリシタンということになるのですが、奈良時代遣唐使が風待ちをして旅立っていった島が五島でして、空海が残したという「辞本涯」、ここを最後に日本から離れる、命をかけた旅への覚悟を表した言葉を刻んだ石碑が、岬に建っていたりします。五島にはそういう歴史もありますし、仏教遺跡も少なくありません。
必ず高校生を参加させる理由

 最大の要因はやはり人口減です。ちょっと古い統計ですが、1965年から2005年までの40年で県の人口は16万3千人減っています。細かく調べると、離島から出て行った人が県の本土部分にとどまらず、県外に出て行っている。産業が衰退しますので、雇用が悪化する。東日本大震災の影響で五島も観光客が6割以上減っています。それはいずれ回復するかもしれませんけれど、ベースにある人口減と雇用の悪化という状況は変わらない。
 プロジェクトは現在3年度目でして、5年計画の折返し点です。産学官でコンソーシアムを編成しまして、最初の1年はEVの調達や充電設備、カーナビの仕様を決めたり、ITインフラを整備することに力を注ぎました。100台そろったところで、イベントをやろうということになりまして、昨年7月3日ですが、前日にシンポジウムをやりまして、翌日、下五島にEVを100台集めまして、車両と車両の間が1m以内で連なって走るとギネスに認定されるというんで、それに挑戦しました。ちゃんとできたので、ギネスの認定となっています。だからどうだ、というものではないのですが(笑)、やってみたかった。こういうプロジェクトにはお祭り的な要素がものすごく大切なんです。
 もう一つ重視しているのは高校生を参加させることです。シンポジウムだけじゃなくて、カーナビに入れる情報の抽出などです。なぜかと言いますと、高校生は卒業すると島を離れてしまいます。せめて高校生でいる間に、島でやっていたことを記憶しておいてほしいんですね。
 それと併せて重視しているのは世代間交流と地域間交流です。島の中だけでなく、島にやってくる色んな人と交流してほしい。彼らが社会人になって最初に乗る自動車はEVかもしれない。EVつながりで地域間交流に発展するかもしれない。そういう可能性を残しておきたいんですね。
そういうわけですので、昨年7月のシンポジウムでは高校生もパネラになってもらいました。その子はいま県立大学の学生でして、このプロジェクトは学生のリクルートにもなっている(笑)というわけです。普通、シンポジウムといいますと偉い肩書きの人たちをずらりと揃えるんですけど、故郷帰りのお年寄り、観光ガイドの方、船会社の社長さん、島の人たちですね。
 船会社の方に参加してもらったのは、五島は船が本土と行き来する手段です。船の運航情報をもらってカーナビの情報に入れないと、観光に来られた方は困ることになる。港に戻ったら船が動いていなかった、なんていうことになってはまずい。観光ガイドの方にとってカーナビは敵だと思うのが一般的ですけど、この方は自分では自動車に乗らないんだけれど、地元テレビ局の取材に快く応じていて、「いいシステムを付けてくれた」と自慢しています。こういう人が地元にいるというのは、非常に心強い。
EVのメリットを再認識

 EVについて、最近になってですが、蓄電池として使えるという認識が出てきました。先の震災と原発事故で電力不足が懸念されまして、EVがあればイザというときご飯が炊ける、照明が点くというわけです。EVの電池から電気を取り出せるアタッチメントも発売されるようになって、メーカーも宣伝し始めています。EVの意味合いが「電気で動く自動車」から変わってきた。
 それで、現在の運用状況ですが、今年3月末現在の実働台数は7057台でした。五島という条件から、夏場に稼働率がグッと上昇します。それによって観光収入は増えてまして、EVは既存の産業を侵食していない、というのが公式見解です。

※プレゼンテーション資料によると、「4月〜6月 の稼働率五島市で15%、新上五島町で10%だったが、観光シー
ズンを迎えた7月から急速に増加し、8月14〜20日は五島市稼働率81%、新上五島町で62%だった」とある。
 ただすべてがカーナビを使っていたかといいますと、必ずしもそうではありませんでした。原因を調べます地、地元の方がカーナビの利用をあまり積極的に勧めなかったことが一つ、もう一つは情報の更新をしなかったことがあります。それで2泊3日で現地に行きまして、学生に手分けして情報を更新しました。限られた時間でしたので100台全部できたわけじゃありませんけれど、そうやってテコ入れしたこともあって、以後の稼働率は30%前後で推移しています。
 もう一つは充電装置の利用状況です。急速充電器を観光スポットの休憩所に設置してあるんですが、調べますと1回当り18分かかっていて、利用回数が福江港遣唐使ふるさと館、玉之浦カントリーパークの順でした。このほかに旅館にも充電装置を設置していまして、これは宿泊を前提にしているので時間がかかります。いずれにせよ充電は無料でできますので、観光に行かれるならEV車を利用したほうが安上がりです(笑)。
 EV車の利用が増える夏場ですと、充電装置がある場所に何台も集中してしまいます。1台当り20分として2台で40分、3台で1時間、待っていなければなりません。そうなると観光のスケジュールが大きく変わってしまいます。「そろそろ充電が必要です」といった情報も必要ですので、自動車とカーナビのメーカーと話し合いまして、蓄電池のデータをカーナビに反映させるようにしなければなりません。充電するか、スケジュールを変更して距離の短い迂回路を選ぶか、その判断に必要な情報も提供しなければなりません。
 出発するとき、何時の船で帰るという情報を入れておくと、カーナビがタイムキーパーをしてくれますので、もう一か所立ち寄ろうとか、そろそろ帰路につこうとかが判断できます。急いで帰るにはスピードを出すという方法もありますけれど、エヴィッツはあくまでも警察の方のお世話にならない範囲でということです(笑)。
 やらなければならないことはいくらでもあるのですが、こういった取組みが示すのは社会システムの変革です。これまでの自動車は単体として機能する「移動の手段」でしたけれど、ネットワークに組み込まれることによって社会システムのコンポーネントになっていきます。そのためにはスマートメーターですとかスマートビルなどが整備されて、スマートグリッドで電力の受給バランスが最適化される仕組みが欠かせません。
 
島民参加で情報を盛り込む

 プロジェクトの初年度、機器の仕様やシステムを検討するワーキンググループは主に東京で開かれていました。メーカーとの打ち合せがあるのでやむを得ないのですが、地元でなければ進められないこともあります。それは地元の人じゃないと分からない情報です。ナビゲーションには入っているけれど、この道は工事中だとか細くて危ないとか、この角を曲がったところに美味しいお店ができたとか。そういう情報はベースとなるカーナビには入っていません。
 観光というのは「行ってみようかな」「行ってみたいな」と思わせる動機付けがあって、実際に行くと感動や気づきがあって、それが「もう一度行ってみたい」というリピートにつながっていく。ガイドブックでは得られない情報がカーナビに入っている。そうするには地元の人が参加してワイワイガヤガヤやったり、わたしたちが教えてもらわないといけません。それでワークショップを何回か開きました。
 ワークショップこそが実はこのプロジェクトのキモでして、ITはいっさい不要です。模造紙の上に付箋で観光ルートや観光スポットの情報をペタペタと貼っていくんですね。「釣り」という観光テーマから連想される鮮魚、刺身、干物、地引網、船宿、釣り船、釣竿、撒餌といった言葉を線でつなげて行くと、観光客の動線が見えてきます。すれとこれまで漠然としていた観光の構成要素が、「観る」「食べる」「休む」「買う」「遊ぶ」という5つでできていることが、地元の人たちに理屈じゃなく理解されてきます。
 地元の人の生の声を引き出すには、こういうプリミティブな方法がいちばん効果的です。そうすると、地元の人でも見過ごしていたことが出てくるんです。これだけは長崎市内、まして東京では絶対にできない。昨年はこのワークショップを3回やりました。参加者はいつも15人ぐらいで、実はそれくらいがいちばんいいんですね。島民の意見を全部反映したのか、と言われれば、もちろんそうじゃありません。不満がある人、アイデアを持っている人を巻き込んで、途中から参加した人がいる場合は最初に戻ればいい。アイデアが出なかったら、以前に出たアイデアを2つか3つ、むりやりくっつけて議論していく。そういうやり方です。うちの学生なんかは地元の方から孫のように扱われて、けっこう喜んでました。そうやって出来上がった模造紙ベースの情報がたくさんあります。エビッツにとってはたいへんな財産です。

 2009年度からあれこれやってきて、何とか目鼻がついたところですけれど、課題はないかといえばそうではありません。一つは未来型ドライブ観光のビジネスモデルです。システムの運営は仮称「エヴィッツ協議会」ですとか長崎県が担うとして、誰が利用料を負担するかという課題があります。直接の享受者である観光客が利用料を払うのがいちばん分かりやすい。
 サイト経由で宿を予約が入ったり物品が売れたらマージンをもらうというエージェント型を、五島という限られた場所に適用するのはちょっと難しい。そこで、経済的な利益を受ける地元の事業者が広告費という形で出せないだろうか、ということです。
もう一つはシステムを継続的に発展させる仕組みがなければなりません。カーナビに最新の情報をダウンロードするだけでなくて、地域の情報をキメ細かく収集して、3か月ごとでもいいから定期的に更新していかないといけません。それは地元の人がやっていかなければならない。エヴィッツ・プロジェクトのプロセスをどうすればわたくしたちが渡していけるか、地元の方々が継承していけるかどうか、そろそろそのような段階に入ったように思います。ご清聴ありがとうございました。(拍手)